自宅オフ会の直前になぜか不調になるという「オフ会不調」というお話しの続きです。
逆に、ひとのお宅のオフ会であまりに素晴らしいサウンドを聴かされてすっかりショックを受けてしまい、その後、どんな音を聴いても不満がつのり、迷走が始まりわけがわからなくなるという《オフ会ショック》とでも言うべきことがあります。
実は、先日、hijiyan邸に出かけてオフ会ショックを受けてしまいました。
訪問したのは《hijiyan流アーシングメソッド》の成果を検聴してほしいとのお誘いがあったからでした。
初めにちょっとした不具合があることが判ったのですが、これを解消して仕切り直し。
改めて聴き始めると…
これはショックでした。hijiyan邸訪問は、5月下旬以来ですから3ヶ月ほどのこと。その進歩は驚愕的。つまりは、これがほぼすべて《アーシングメソッド》の成果ということになります。
いつもの定点観測の幸田浩子さんの「ブラジル風バッハ」では、コントラバスの実在感とリアルさが蠱惑的。ただ単に低音がよく出るとか、量感があるとかというのではないのです。低域のSNのよさが抜群で明瞭。もともとソプラノとチェロ8台のために書かれた曲で、それを弦楽オーケストラに編曲しているわけですが、オリジナルではチェロ同士の掛け合いがヴァイオリンとコントラバスという極端に音域の違うソロの絡み合いになっている部分があります。コントラバスがヴァイオリンと対等にはっきり聞こえることで、いままで聴いたことがなかった曲のような新鮮な音楽として聴けるのです。
エリオット・ガーディナーの「魔笛」から「序曲」。
先日の、八ヶ岳高原ダイナミックオーディオの試聴会でも使われていたソフト。ピリオド奏法のキレのあるサウンドと溌剌とした音楽が湧き上がります。たちまちにして購入を決意しました。
澤田かおりの「Songwriter」から2トラック目の「Brave」。
最近、レファランスのひとつとして繰り返し聴いているので、どんな再生音なのか確認したくて持参しました。もう腰を抜かすばかりの低音のビートが入っています。低音コンプレックスの私は、こういうポップス系の低音強調の再生音はいささか敬遠していたのですが、これだけ堂々としかも伸び伸びと再生されてしまうとノックダウンされてしまいます。
伊福部昭・ピアノ作品集(ピアノ:高良仁美)
検聴用というか、いささか道場破り的なソフト。「ゴジラ」のテーマによる交響ファンタジーのピアノ独奏版。これが壮絶な迫力とグランドピアノ原寸大のスケールで、実在感たっぷりに破綻なく鳴ったのには度肝を抜かれました。もともとはGRFさん宅で聴かせていただき腰を抜かして、翌日、銀座の山野楽器に走って買いに行ったというシロモノ。そのGRF邸に優るとも劣らぬ凄い音でした。
この日の夜は、池袋の居酒屋で飲み会。hijiyan邸でのショックが醒めやらず飲み過ぎて、ハシゴ。
挙げ句の果てに、二軒目のジャズバーでライブに酔いしれすっかり酩酊、iPadとデジカメを置き忘れてしまいました。
こういうショックは、自分も頑張らねばと、あらためてやる気に目覚めさせてくれます。この週末は以前より構想を温めてきた、スピーカースタンドの足元の見直しにさっそく着手しました。
つい数日前のリセットで、元のサウンドが復活したばかりです。このままで十分満足なのですが、躊躇なくばらしてしまいました。
新たなセッティングは、KRYNAのT-PROPとαGELを組み合わせたソフトフッティング。一点アースの前部のスパイク直刺しはそのままです。
T-PROPとαGELというのは、自分にとっては数々の成功体験をもたらしてくれた鉄壁の組み合わせです。しかも、セオリーとしてはソフトとリジッドを組み合わせた「一点メカニカル・アース」をより徹底させるもの。成功間違いなしと期待していました。
ところが…
どうもすっきりしません。
ラベル「前奏曲とアレグロ」。ベルリンとウィーンのトップ奏者が集まっての見事なアンサンブル。
もともとはハープの中低域の再生に難しさがあって、ウェルフロートボードにαGELによるダンパーを決意させたソフト。hijiyan邸の再生でこれがどういうことかよくわかりました。ハープにとんでもない超低域が入っているのです。おそらくハープの近接マイクとして床面に貼り付けたバウンダリーマイクが使われているのでしょう。楽器の共鳴音ばかりでなく、床に楽器が押し込まれるような衝撃や、ペダルの踏み込みのような、基音よりはるかに低いノイズ的な超低音まで拾っています。これがhijiyan邸の新メソッドでは明瞭に聞こえたのです。
わが家のような小型スピーカーでは音にならないのですが、どうもそれがいろいろ悪さをする。それがαGELダンパーでうまく抑え込まれたのだと思います。そういう超低音ノイズが入っていることの是非はともかく、一方で、わが家の小型スピーカーのような小型なりの空間表現の優位性がちっとも出てこないのです。
週末二日間、いろいろな音源ソフトを聴いて悶々としていました。
何がどう違うのか分析的に言葉にはならないのですが、何か違うのです。不調の時に気になったストリングスの高域などは実にまろやかに鳴ってくれる。そういう長所を見つけては納得しようと思うのですが、音楽を聴いていてちっともくつろがない。
試しにと、hijiyan邸で素晴らしくよく鳴ったヘレヴェッヘのバッハ「マタイ受難曲」をかけてみました。
××××…??!!
ひどい音です。こりゃダメだ。思わずスピーカーを蹴飛ばしたくなりました。
これは、やっぱり元に戻そう。即、廃絶を決心しました。これは「オフ会ショック」の祟りなのでしょうか(大泣)。
しかし、転んでもタダでは起きない…。
(またまた続く)
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