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2016年03月14日23:58

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「楽器が語る音楽の現場」(藤沼朝保 編)再読

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もう40年以上も前の本。学生時代に買い求めた本だが、ふとしたきっかけで再読してみたらとても面白くてやめられなくなった。

もともとは「ラジオ技術」(一部には「ステレオ技術」)というオーディオ誌に連載された対談集をひとつにまとめたもの。

第一巻には指揮者の仕事から、弦楽器、木管楽器、パイプ・オルガン、第二巻には金管楽器、打楽器、鍵盤楽器、撥弦楽器、声楽、作曲、音楽批評がそれぞれ収録されている。音楽批評や楽器図鑑などの解説ではなく、音楽を作る立場から音楽を眺めてみようという試み、いわば音楽の現場の声を聞こうというもの。

これがとても面白い。

もちろん一度通読していて、私の音楽知識や素養のひとつの基盤にもなったもの。長らくその典拠やこの本での記述そのものを忘れていた事柄が懐かしく思い出されるとともに、現代に通ずる基本的なものとしてあらためてその内容の充実ぶりに感服してしまう。

例えば、ヴァイオリンについて「楽器というものはその良し悪しはそばで聴いてもわからない」という話しをN響、日フィルのコンマスを務めた岩淵竜太郎氏が語っている。「そばで聴いていると、ものすごくガサガサしています」「(ホール前列のほうで聴くと)たいていジャリジャリする」と。

ところがイタリアの楽器などよいものは「それが少し離れると、よい音しか聞こえない」というのです。「ブダペスト・クヮルテットを聴いてもびっくりしました。ガサガサしているんです。それがホールでは良い音なんですね」。そういう良い楽器を持たずに「小さな部屋でただ綺麗な音を出すように勉強しても、ホールではよくない」「ほんとうの音を出そうとすれば、…ホコリのようなものも出して、はじめて本質的な音が出てくれる」という話しは、とても実感があってなるほどと思う。

やはり都響のコンマスだった小林健次氏との話でも、「音楽的にとか、美しくとかと、情緒に片よって音楽を掴もうとすると、根のない貧相なものになる」「観念的で具体性に欠ける」と戒めている。

こういう音楽観は、音作り、音楽作りの「現場の声」だけにオーディオのあり方にも大いにつながるところがあると思う。

その他、フルートの大御所である吉田雅夫氏の話は、呼吸法や唇の形など奏法やマウスピースの形などの楽器のことから、指揮者論など精緻かつ多岐にわたって興味は尽きない。第一ヴァイオリンとフルートはせいぜい4〜5mの距離だけれどほんのわずかな音の到達時間差のせいで「合わせる」ことがいかに難しいか。ヴァイオリンの立場からも、フルートのフレーズ直前のブレスの濃淡や気合いのようなものを感じ取ってフレージングを合わせていくというような話しも出てくる。

もうひとつは、やはり40年前の肉声の記録とでもいうべき生々しい歴史証言を今という現代からふり返る面白さ。

例えば、1969年チャイコフスキーコンクール3位入賞の快挙となったチェロの岩崎洸氏とはコンクール前の緊張感と入賞後の生々しい興奮との両方が記述されている。審査選考を支配していたロストロポーヴィチのソ連人弟子へのえこひいきやできレースに対する恨み辛みを臆することなく赤裸々に語っている。「ロストロのひとり舞台」で審査員のディスカッションもなく「ロストロが順位を発表しちゃって翌日はロンドンへ行っちゃった」と辛辣極まりない。ちなみにこの時の一位、二位のケリンガス、ヤグリングはいずれもロストロポーヴィチの高弟であったことは言うまでもない。

ヤマハのピアノが世界に躍進したことも、当時はまだまだホットニュースだった。

調律師の村上輝久氏の語るエピソードもここではミケランジェリとのことだけで、リヒテルはケンプやギレリスなど何人かの著名ピアニストのひとりに過ぎない。リヒテルの調律師としての活躍ばかりが強調される今からすれば意外だが、リヒテルがソ連の文化外交の寵児という立場から脱皮して日本の聴衆の敬愛を獲得したのは、今の人々が思っているほど昔からのことではないのだ。

ヤマハの製造現場の技術を余すことなく語っている工場技師のお二人が、東工大、早大卒の超エリートでしかも二人とも専攻が電気工学であることに気づいてなるほどと唸ってしまった。弦楽器も管楽器も製造現場は名人ともいうべき技能者の苦労話がほとんどだが、ピアノについては実に理詰めの議論で終始している。決して理論や数値一辺倒ではなくピアノという楽器の製作というプラクティカルな話しなのだが、それは、まさに「情緒」とか「観念論」とは無縁なのだ。

音と音楽のウンチクが満載。音楽とオーディオを愛する人にはぜひに一読をお薦めしたい。

絶版で古本しかないが比較的需給がよくてアマゾンなどで安価、容易に入手可能。




「楽器が語る音楽の現場(1)(2)」
藤沼朝保 編
ステレオ芸術選書
(1)昭和48年(1973年)初版
(2)昭和49年(1974年)初版
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