紀尾井シンフォニエッタ東京の第102回定期演奏会。
一昨年、好評だったマエストロ・阪哲朗さんが再登場。前回はフランスもので颯爽とした粋な演奏を楽しませてくれた阪が、今度はシューマンとR.シュトラウスというドイツの風とともにポディウムに上ります。
シューマンの『交響曲の年』に作曲された二曲を最初と最後、その間にソプラノの澤畑恵美を迎えてシュトラウスの歌曲をはさむといううれしい構成です。
一曲目は、「序曲…」とは銘打ってはいるものの、実質的には三楽章を有する小交響曲ともいうべき曲で小規模ながらシューマンらしい充実した書法。聴く機会にあまり恵まれない曲ではないでしょうか。私も初めてでしたが、やや竜頭蛇尾的な曲想の流れは少し盛り上がりに欠けました。
澤畑恵美が登場しての最初の『献呈』も、スタートがまだ切り切れていないそういうもどかしさのようなものを感じさせました。二曲目の『万霊節』での澤畑の切々と思いを込めた歌唱がようやくオーケストラの目を醒まさせたという感じ。いったんステージを下がっての後半の三曲が素晴らしかった。開演前に曲順を入れかえる旨のアナウンスがされましたが、このことでヘーガーによる編曲とシュトラウス自身によるオーケストレーションとの境界が実にくっきりと浮かび上がってしまいました。
「あした」の原題は「Morgen!」。《明日》と《朝》の多義語。《あした》《朝の陽光》という希望に満ちた愛を示唆しながらも、歌われているのは日没の夕陽としだいに降りて行く夜陰のとばり中にあると思わせるようなとても複雑で儚い、繊細極まりない曲。伴奏ピアノの名手・ジェラルド・ムーアは『壊れものにつき取り扱い注意』のラベルを貼るべきと言ったそうだが、けだし名言。そういうフラジャイルな雰囲気のなかでコンマスの千々岩のソロが本当に美しかったのです。
「私の小さな花束を…」では、そういう複雑な女性の心情、心の揺れ、揺らぎ、焦燥感のようなものが聴いているものの胸にしくしくと滲みわたってきます。この管弦楽法はほうんとうに見事でオーボエの広田智之(都響)、クラリネットの金子平(読響)、フルートの吉岡アカリらが陰影を含んだ音色で好演。最後の「あなたの歌が…」では、声量は決してあるわけではないがホール空間を暖かく満たしていく拡がりのある澤畑の華のある声質がとても心に響きました。
編成配置は、KSTにしては珍しい両翼対向の左低弦型。8−6−4−4−2で、左手に配置されたコントラバスは2台のみ。この日は、個人的に公演日を振り替えたために、いつもの2階正面席ですがセンターではなく左端の席でした。左のコントラバスがバルコニーに被ってしまうのですが、とても低弦が豊かに響くのが意外でした。たった2台といっても、河原泰則(元ケルン放送響首席)、池松宏(都響首席)という最強コンビ。この闊達でありながら重量感のある響きには感嘆させられました。
「第4番」は、実質的には「第1番」に続き作曲された2番目の交響曲。初演はリストとクララ・ヴィークという華やかなヴィルティオーゾの影に隠れてしまい、いかにもシューマンらしい逡巡の果てに長らく放置され再演・出版されることのなかった不幸な生い立ちの曲。演奏されたのは、再演のために改訂された1851年版ですが、楽章を通じてひとつの主題が使われる後の循環形式を先取りしたような濃厚なロマンチシズムをエネルギッシュに展開させた阪の指揮に、いつもよりやや空席が目立った客席も大いに沸き立ちました。呉信一(いずみシンフォニエッタ大阪)、新田幹男(N響)、野々下興一(都響)三人のトロンボーン奏者にもブラヴォーです。
紀尾井シンフォニエッタ東京 第102回定期演奏会
マエストロ・阪、ドイツの風とともに再び登場
2015年12月4日(金) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
指揮 阪哲朗
ソプラノ 澤畑恵美
コンサートマスター 千々岩英一
シューマン 序曲、スケルツォとフィナーレOp.52
R. シュトラウス
「献呈」Op.10-1(ヘーガー編)
「万霊節」Op.10-8(ヘーガー編)
「あした」Op.27-4
「クレメンス・ブレンターノの詩による6つ歌曲Op.68より
「私は一本の花束をつくりたかったの」
「私にあなたの歌が響いたとき」
シューマン
交響曲第4番ニ短調Op.120
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