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2015年05月03日16:43

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アンジェラ・ヒューイットの「ゴルトベルク変奏曲」

ヒューイットのバッハ。やっぱり素晴らしかった。

ヒューイットは、どうしても聴きたかったピアニストのひとり。昨年のロンドン旅行ではウィグモアホールでのリサイタルが聴きたかったのですが超人気で半年近く前から完売状態でした。プログラムはやはりバッハで「フーガの技法」。空席が出るのをずいぶん待ったのですが、やむなく翌日のヒラリー・ハーンにしました。もちろんハーンもよかったのですが。

今回も公演に気付くのが遅くて完売。ところがマイミクのマサコさんのおかげで直前になってチケットが入手できました。だから、ヒューイットの生は初体験。実は、会場の王子ホールもこれまで縁がなくて初めて。ヒューイットが弾く楽器“ファツィオリ”も生音を聴いたことがありません。もうひとつ付け加えると、ヒューイットのCDはいくつか持っていて、もちろん彼女のバッハは大ファンなのですが、実は「ゴルトベルク」は聴いたことがない。そういうことで、今回は初体験づくしでした。

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ヒューイットの「ゴルトベルク」とは何だろうか。

この『長すぎて、おもしろいが敬遠したい曲』(吉田秀和)を聴いたあとの深々とした感動には「輪廻転生」という永劫の響きを含むのは、あながち私たちが東洋人だからではなさそうです。現にグレン・グールドも『終わりも始まりもない、真のクライマックスも真の解決もない音楽」(1955年版のライナーノーツ)と語っています。さながらフィッシャーのだまし絵の階段のようにみごとにぐるりつながっている。始まりと寸分違わぬ「アリア」に最後の最後になって再会するとき、私たちはこの循環の摂理に胸打たれます。

ヒューイットは違う。

東洋的な「永劫回帰」や「無常感」というこの曲につきまとう観念をつきはなすような、西洋的な進歩史観、弁証法的な自己意識の発展、自由を獲得するまでのプロセス的な音楽。それはとても絵画的で、現代的なピアニズムの極致が実現する21世紀的な新ロマン主義と言ったらよいのでしょうか。

ヒューイットは、繰り返しを丹念に弾いていきます。しかも、1回目と2回目の繰り返しを微妙に変えている。それは強弱であったり繊細なタッチの弾きわけであったりと。見事なのは、2段鍵盤用に書かれた原曲の対位線の音色を弾き分けていること。それらの変化や対照が、最初のアリアでは違うのか違わないのかわからないほど微妙で、それが次第に濃淡が強まってくる。単音の響きの長短であったり軽重であったりカンティナーレと刻むようなストロークであったりと。

しかも、前半と後半との趣が違う。

休憩なしで全曲を通しで演奏することの意図は、その舞台転換の対照を際立たせようとしたからではないでしょうか。その転換は、当然に第16変奏の「序曲(Ouverture)」にあってそこで新たな展開が高らかに告げられます。濃淡と筆致という水墨画的な前半から転じて、ここから明らかに色彩を帯びていきます。前半のバロック的なテクスチュアの世界から、後半はショパンやリストのような彩色された世界へと次第に情感が濃厚になっていくのです。最初は淡く、そして、次第に濃度が増して繰り返される波の高まりのなかに第26変奏の絶唱がひとつの頂点をなす。この夜の白眉というべきで、右手の悲嘆のカンティナーレと左手のリュートストップ風のミュート音の対照が見事。

ここから動きを速めると、それまでノンペダル奏法で徹してきたヒューイットが第29変奏に至ってついにペダルを踏む。グレン・グールド以来、20世紀後半のピアノによるバッハの主流をなしてきたノンペダル奏法を、ヒューイットは劇的な高まりのなかで突き破っていく。ファツィオリは、この瞬間に楽器全体から芳醇な響きをホール全体へと放出を始める。最後の第30変奏の「クォドリベト」の世俗的な歓喜と恍惚の色彩世界は、ほんとうに心の覚醒そのもの。

そして、再び戻ってきた「アリア」も違っている。

あれほどに完璧と思われたノンペダルのカンタービレが、新しく生まれ変わって再生する。それはモノクロームとフルカラーとの違いほども違っていて、同じだけれど確実に新生したものとなって回生されてきたのです。ヒューイットのペダルワークの精妙なこと。最後のフェルマータは、ファツィオリの長い共鳴音が完全にかき消えるまでヒューイットは身体を上げようとしない。…王子ホールの長い長い完璧な静寂。

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ヒューイットがファツィオリを愛用する理由は明らかでした。

明るく透明感のある現代的な音調は、立ち上がりが早く共鳴持続が長い。それだけに音色とタッチが繊細で微妙。低域から高域まで音色が統一されていることは、リスト以降のような重厚なロマンチックピアノを弾くのは難しいのではないかという疑問はありますが、タッチコントロールを尽くせばバッハの時代のチェンバロやクラヴィールの音楽の理念を現代に甦らせてくれるのです。

王子ホールは、ウィグモアホールほど完璧な音響ではありませんが、残響時間1.20秒(満席時・500Hz)というニュートラルな響きで悪くはありませんでした。ウィグモアの538席に対して315席という密度の高さは、むしろロンドンで聴くよりもぜいたくだったのかもしれません。

素晴らしいソロ・リサイタルでした。





アンジェラ・ヒューイット 第2夜
2015年4月28日(火) 19:00

J.S.バッハ
クラヴィーア練習曲
〜2段鍵盤付きクラヴィチェンバロのためのアリアと様々な変奏による〜
BWV988「ゴルゴベルク変奏曲」

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