原田英代の「ロシア・ピアニズムの贈り物」に引き続いてのロシアピアニズムの系譜の渉猟である。
著者は、旭川出身、東大工学部応用物理学科を卒業し新日鉄の技術研究者として高強度鋼板の開発などにあたりながら、そのかたわらピアノ音楽への愛好が昂じて音楽評論家として二足のわらじを履いたという変わり種。
研究者という気質なのか、何冊ものロシア語原書も含めた膨大な資料・文献を探索し、複雑で広大なロシアピアニズムの系譜を紐解き、日本の一般的な聴衆にとってはまったく無名の演奏家や教育者を体系だてて網羅し、あるいは、ショパンコンクールやチャイコフスキーコンクールの裏話や、入賞者たちの「それから」をくまなく調べ上げて紹介している。いわば、ロシアピアニズムの家系図と小事典といったところだろうか。
反面、少々煩瑣で、読後の印象も散漫になりがち。ロシア・ピアニズムの奏法や教育内容などの技術的側面や、音楽表現の継承や変転など芸術史的な面を系統だてて追っているわけではない。そういう感想を持ってしまうのは、やはり、原田英代の活力あふれた著書を読んだ興奮がまだ醒めやらぬからでもあろう。
とはいえ、その博覧強記ぶりは大変なもの。文末には、LPレコードやCDの紹介もあって、さらに巻末には、詳細な演奏家別のメロディアLPレコードの一覧がある。ピアニストの人名別インデックスも充実していて、やはり、本書は長く手元に置いて時に応じて参照するというような小事典なのだろう。単に「ロシア・ピアニズム」といっても個性は豊か。その血脈と変転をたどりながら、その個性を感じ取るのはあくまでも読者に委ねられているのかもしれない。
日本人の心のうちには、知らず知らずにロシアピアニズムへの共感と傾倒が育まれてきたのではないか。その背景には、ロシア革命を逃れ戦前の日本でも教えていたピアニストの存在がある。田中希代子、フジ子ヘミングらの師であるレオニード・クロイツァー、豊増昇や園田高弘の師であるレオ・シロタは特に名がよく知られている。
戦後にあっても、武蔵野音大はロシア人ピアノ教師の招へいに力を入れ、セルゲイ・エデルマンやエレーナ・アシュケナージ(ウラディーミル・アシュケナージの実妹)、イリヤ・イティンなど錚々たる顔ぶれである。
ともに、19世紀から西欧先進国に遅れて封建社会から脱し近代化の歩みを進めたロシアと日本。音楽は決して娯楽ではなく、貧窮から脱して生活を充実させていく人生の証しであり、教養と芸術、信仰と哲学、精神的な充実と解放そのものでもあった。そういう互いに響きあうものが、ロシアと日本にはあるのではないか。しかも、先行したロシアは、ソ連という禁断の体制のなかで生真面目なまでにこの伝統を継承温存させた。
そして何よりも寒い国の冬景色にはロシア音楽が似合う。その剛健かつ繊細なタッチは寒い日の夜の炉端にふさわしいし、ロシア音楽の根底にあるどこかオリエンタルな階調を持つ大地に根付く歌心と日本の哀調を帯びた歌謡とが、互いの琴線に触れるということなのだろう。
そういうロシアピアニズムの愛好家の座右にふさわしい本。
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