惣菜と珈琲のお店「△(さんかく)」を営むヒロ、晴太、そして中学三年生の蒼の三人兄弟だけの家族が仲睦まじく暮らす。ヒロが美味しい惣菜を作り、晴太がコーヒーを淹れ、蒼は中学校に通う。「兄弟」とはいえ、三人は実は血がつながっていない。
それぞれの事情を抱えてきた〈つぎはぎ〉のような三人が身を寄せ合うようにして家族として懸命に生きる。それだけに《家族》というものの、はかなさ、もろさに怯え、互いを結びつけるきずなにしがみつき、それを確かめようとする。
とても心に響く小説。そして、その和文がとても美しい。
……《美文》というと違うかもしれない。
古典文学の教養などを凝らし、多彩な修飾語や比喩表現で修辞を尽くすというような美文ではない。むしろ幼いと言えるくらいの平明な文体。今風に「かわいい」と言えばいいのだろうか――それは、とても切なくて、とても愛おしい。
場面は、店先での調理や、三人が入れ替わり立ち替わりする店内の土間の様子で始まる。調理には、音があり、臭いがある。刻むリズムは変拍子、三人が行き来する物音が重なって複数のリズムも進行する。触感とともに食感とか食欲とか、そうした感覚の共通性が、《家族》そのもの。小さいけれど、三人にとってリアルなかけがえのない《家族》という共有空間。それを取り囲むように直に接して、もう少し大きな《世間》のようなものがある。
そういったものを見事に伝えてくれる文章。その和文そのものがとても愛おしい。
その文章に際立つのはオノマトペの多用。おびただしいまでの多用は否が応でも目につく。冒頭のたった4頁だけでも、数えてみると13ものオノマトペ表現がありました。
○煮詰まる音はくつくつとかわいい
○味噌にぎゅっと濃く煮出した出汁を
○どきどきするような酸味
○もりもり重ねて隣に並べた
○一番下の段にみっしりと詰まっていた
○コンクリートの土間の上をぺたぺたとサンダルを鳴らしながら歩いた
○シンクを一度ぴかりと磨き上げた
○私ににっこり笑いかけると
○濡れたシンクをちらちらと光らせた
○がたこんと何かを落としたり倒したりしながら
○ほのぼのと言った
○のっそりと店に入ってきた
○炊きたてのごはんをふっかりと詰めていく
オノマトペ(擬態語・擬音語・擬声語)とは、単語の形をしたシンボルマークやアイコンのようなもの。
日本語は、このオノマトペがとても豊富。その豊かな言語表現のパワーとともに、その語彙の多彩さ多様さについては、言語が専門の欧米人からもうらやましがられるのだそうです。マンガ文化のおかげかと思いきや、万葉集などの古い和語にも頻繁に現れるのだそうです。
《家族》ということの日常空間の繊細さ、触感的感覚のリアリティ……それを切ないまでに感じさせてくれる。それは、オノマトペの多用ということにも特徴づけられる和文だからこそのこと……だから、「美しい」と思えるのです。この文章感は、英文などの外国語には翻訳不能かもしれない。
ハワイ島のヒロを訪ねる場面も印象的。
読み手に不思議なほどに既視感を与える情景描写とそれをもたらす文調の転換が見事。その場面転換は、主人公が自分のルーツ――《家族》の外界――に回帰するという転換点でもあるのです。空港があって観光の中心であるコナとは島の真反対側にある純朴なヒロの街並み。光に満ちた明るい空と海、多雨な天候などのエキゾチックな情景がぱっと眼前に拡がる不思議さ。
「さいわい住むと人のいう」が面白かったので、デビュー作のこの本を手に取ってみたのですが、菰野江名という若い作家に魅入られてしまいました。第11回ポプラ社小説新人賞受賞作。
まだ、たった2作しかありません。ぜひ読んでほしい。
つぎはぐ、さんかく
菰野 江名 (著)
ポプラ社
2023年1月26日 第一刷
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