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2023年12月28日21:39

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シャルラン・レコードとは何か?

たまたま中古店で目にしたシャルラン・レコード。素晴らしい音で鳴ってくれました。

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シャルランと言えば、その音質については『音がいい音がいいと言われて買ったけど、ハイ上がりでヘンな音』などと毀誉褒貶します。実際、以前、友人のUNICORNさんのところで何枚か聴かせていただいところ、盤によってはまともに鳴らなかったことがあります。ネット上のブログなどを逍遙すると、ほとんどが怨嗟の声ばかり。

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私の場合、まぐれアタリだったのか素晴らしい音だと思ったのですが、確かにその音調はユニークで、ハイ上がりだと言う声もわからないではないと感じるところがあります。その録音技術は、当時の大勢に敢然と挑戦するワンポイントマイクを中心とする独自の装置で、ほぼ全面的に手作りだったようです。

そのユニークさは、技術面だけではありません。そもそも録音会場が、残響豊かな宮殿とか貴族館のボールルームのような空間。残響豊かというと教会がまず思い浮かびますが、響きは豊かでも残響時間はそれほど長めではないようです。復刻CDなどのキャッチフレーズには『むせかえる香り』などとありますが、響きが多い録音は再生が難しい。あるブログ氏は、「とてもむせかえるシロモノではない」と毒づいていて笑ってしまいます。

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さらにその演奏スタイルも、時代を超えていたようなところがあります。他の「四季」もこの機会に聴いてみましたが、ずいぶんと音のバランスが違う。当時の「四季」は、バロック音楽の代表とはいっても、基本的にはヴァイオリン・ソロと弦楽オーケストラの曲として受け止められていました。

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弦楽オーケストラというのは、弦五部、すなわち2部のヴァイオリンとヴィオラ、チェロ、コントラバスで構成されている。当時の大ヒットアルバムであったイ・ムジチの演奏も基本はそういう編成です。聴いたなかでも、クルト・レーデルのミュンヘン・プロ・アルテ室内管もほぼ同じバランスです。低域が厚めのバランス。アラン・ラヴディとアカデミー室内管の四季などはその最骨頂で、まるでドイツ古典派のようなピラミッド・バランス。

これに対して、シャルランのミラノ・アンジェリクム管弦楽団というのは、ほぼ学究的な楽譜に忠実な編成で、ヴァイオリン2部とヴィオラ、それに通奏低音という編成。通奏低音は、チェンバロとチェロのみで、明らかに中高音域寄りのバランスなのです。チェンバロも、アルペジオなどを駆使して右手の装飾的アドリブを活かして色彩豊か。この時代では出色のイタリア・バロックのスタイルになっています。

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60年代にこうしたバランスの演奏は耳慣れないものだったと思います。現代にこれに近いものを求めると、レイチェル・ポッジャーとビーコン・バロックの演奏でしょうか。

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しかも、フランコ・グッリのソロがとても鮮やか。それはグッリに限らず、トゥッティから抜け出すヴァイオリンやチェロなどのソロ演奏もかなり近距離でグッリと対等に丁々発止とやり合います。ロマン派協奏曲のようにスター・ソロだけにスポットライトを当てた演奏とはまるで違う。ムターとカラヤンのテヌートでヴィロードの滑らかさで心地よく聴かせる四季とはまるでイメージが違う。この当時には、シャルランの起用した音楽家たちのこういう演奏も、これまた耳慣れないものだったはずです。

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低域を厚めにとる傾向は、現代にもつながっています。ジャニーヌ・ヤンセンの四季は、編成こそ古楽にふさわしくパート独りの小編成ですが、通奏低音はコントラバスがブイブイと飛ばし、さらにテオルボまで加えて、さながらロックバンドのようなベースラインの騒々しさ。現代人の聴感は変わらず低音フェチです。60年代の耳にとって耳慣れないバランスというのは、現代人にとっても同じなのだと思います。ましてや生演奏を聴かないオーディオ偏重のマニアにとってはなおそうなのだと思います。

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中高域の厚いハーモニーと複数の同一楽器によるソロが交錯し、さらには高域中心のトゥッティが続く。音響豊かな環境で、それらをたった一対のマイクで捉える。そのマイクは、ほぼ人間の両耳の距離というワンポイントマイク。おそらくかなり高めの位置にマイクを立てたのだと思われます。こういう条件が、録音にとっても再生にとってもいかに厳しいのかと思わざるを得ません。

こういうシャルランのアナログレコードは、さながらチェック用のテストレコードのようなもの。

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レコードジャケットのデザインも手がけたデザイナーでレコードコレクターとしても著名な山口克巳氏がその著書でこんなことを書いています。

『噂の「凄いシャルラン」をそっとセットして…針を下ろした。すると、私のステレオ装置では再生できない。…中低域はブンブン、高域はキンキンして、歪みのほうが多く聞こえる。このレコードのどこが「凄い」のだ。』

ここで終わらないのが、山口氏の凄いところです。

『何度か聴いているうちに、レコードの問題よりも、ステレオ装置のほうに改善すべきところがあることがわかった。』

まずはカートリッジ針圧から始まって、アームの垂直角度、水平バランス。それでも解決は半ばで、次はスピーカーの位置と角度を調整。このレコードを『目の仇』にしてステレオ装置にあちこちをいじったそうです。使いこなしの腕を上げたのはシャルランのおかげ。

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氏曰く、『このレコードがなかったら、私のステレオ装置はいいかげんなままで、レコードとの付き合いも、通りいっぺんの域を越えることはなかっただろう』と。

氏の言い分は、かなり具体的で詳細にわたっていて、特にシャルラン再生の難しさは《位相》に厳しいことなのだと思えます。その調整は、多岐にわたっていて、ステレオシステムそのものにとどまらず、ルームアコースティックにも及びます。

冒頭にふれた、友人のUNICORNさんは、あらゆるチェックをクリアしていき、ついにはオーディオルームのクロゼットドアが音を乱していたことに気が付いたそうです。

うまく再生できないと、自分のことはタナに上げて、レコードのせいにしてしまうが、そんなレコードはめったにない。たいていは自分の再生に問題がある…山口氏そう戒めています。

○○盤は音が悪いとか、特定の盤やレーベルをいかにもわかったようにけなすことで、ひととおりの「通」ぶってみせますが、それは実は再生側の自分の不備によることが多い。自分の再生システムの『欠陥』に気づくべきだと、山口氏は厳しい。

シャルランは、音楽の正統とオーディオの正当に気づかせてくれるレコードなのだと思うのです。

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