早い桜の開花があった東京を後にして、イタリアへと旅立ちました。
イタリアは、むしろ東京よりも寒いくらいですが、10数時間かけてやっとたどり着いたヴェネツィア近くのマルコポーロ空港は冷たい風雨が吹きすさぶ夜の嵐。びしょびしょに濡れながら空港から徒歩でホテルに着いたらもう深夜近くでした。
この嵐の洗礼が厄落としになったのか、以後は快晴続きで地中海の陽光を浴びて快適なイタリア旅行を楽しめたのは不思議なほどでした。翌朝は、ホテル近くのバス停から市営バスに乗っていよいよヴェネツィアに向かいます。道ばたには何としだれ桜が満開でした。
ヴェネツィアは、アドリア海の懐のような湾内に抱かれた潟(ラグーナ)の島に築かれた町。ここに入るには潟の浅瀬に築かれた長い橋を渡ります。鉄道にせよ、車やバスにせよこの橋を渡るときに広がる海が視界に入ると、いよいよヴェネツィアだという独特の高揚感に襲われます。まさに「長い橋を渡ると、そこは美しい古都だった」という気分です。
バスの終着駅である「ローマ広場」からは水上バスに乗り換えて大運河を下っていきます。もはや、本土の車社会とは完全に訣別です。
美しい運河沿いの街並を眺め、リアルト橋を過ぎるとほどなく「サン・マルコ広場」に着きます。まずは、宿泊するホテルにチェックイン。時間も早く部屋の準備はまだなので荷物だけ預けて、さっそく、フェニーチェ劇場の場所を確認に出かけました。
ヴェネツィアは、ほんとうに不思議な街。街中が中世にタイムスリップしたかのようなたたずまいで、大きな幹線は本島中央を貫く大運河だけで、あとは迷路のような路地が続き、何度来ても迷います。
フェニーチェ劇場は、そんな小さな運河を越え迷路をさまよったあげくに、ようやく路地を抜けた小さな広場に建っていました。歌劇場といえばその町の旧市街の中心の大きな広場に面して堂々と建っているのが普通です。ところが、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場は、何だか路地裏のオペラ座とでもいうふうにちんまりと建っています。
再びサン・マルコ広場にもどり、サン・マルコ寺院を見学しました。もうずいぶんと前ですが、前回訪れた時は修復中で壮麗なファサードには足場が組まれ中には入れませんでした。今回は思う存分に寺院内の荘厳にして華麗なビザンチン様式の意匠を探索しました。内部に入るとわーんという暗騒音が絶えず、複雑で長大な残響とこだまのような反響を感じます。十字平面の中心の礼拝スペースに立ってみると四方に独立したペンデンティブドームは想像以上に遠く、モンテヴェルディやガブリエルのあのこだまのように四方から聞こえてくるルネサンスの寺院音楽の聖地に実際に立ってみて感無量です。
隣接するドゥカーレ宮殿は、もう何度も見学しているはずなのですが、その壮麗で果てしないような美の魔窟には身も心も呑まれてしまうような新たな感激があります。ため息橋を往き来して拷問室と監獄の迷路を彷徨うと、富と権力の象徴の暗い陰に気持ちが脅えてしまいます。
昼食は、広場のカフェで軽めに。魚のすり身をクリームに練り込んだペーストがとても美味しかった。地ビールはレッドビール(birrarossa)で、飲み口はほどよい苦みが意外にすっきりしていて乾いた喉にうれしい。
午後も散策を続けました。ほんとうにこの街は楽しくて、まさに美の迷宮。歩いても歩いても、歴史と美術は渉猟しきれません。へとへとに疲れて、改めてホテルに戻ってチェックイン。部屋で少々休んでから着替えて、いざフェニーチェへ。
…と、その前に腹ごしらえ。
軽く惣菜屋さんの2階のテーブルで夕食のつもりでしたが、その量にびっくり。
さて…
この日の出し物は、ヴェルディの「オテロ」。
このオペラは、まさしく、前夜の私たちと同じく激しい嵐の場面から始まります。大変なスペクタクル大作で、3管編成のオーケストラがのっけから全開で大嵐を演奏する。こんな小さな小屋でいったいどうなるかと思いましたが、小さめの空間だけに大変な迫力。マルコ・ベルティの堂々たる声量には終始圧倒さました。
デスデモーナのカルメラ・レミージョは姿よく演技力もあって、自分の身にふりかかる悲劇をも理解できない無辜の若妻ぶりを演じて「柳の歌」「アヴェマリア」に泣かされました。ピット内のオーケストラは後半になるほどに調子を上げて、悲劇の奈落へとまっしぐら。
指揮は、チョン・ミョンフン。
実は、事前の予習は、バスティーユ歌劇場、ドミンゴ版で聴いていて、ミョンフンの指揮ぶりに感服していまっていました。つくづくミョンフンはいい指揮者だと思いますが、特にこのパリ時代は絶頂期。ゴタゴタで突然解任されてしまったのが1994年のことですが、本当にもったいないことをしたと思います。
それだけに期待は大きかったのですが、この夜のエンジンのかかり方の遅さはちょっとがっかりしました。劇場がはねて外に出ると、目の前にパトロンに肩を叩かれ祝福されるマエストロの後ろ姿。奥さんと娘さんらしい若い女性の三人で楽しそうに話しながら、足早に運河の小さな石橋を渡ってサン・マルコ広場の方角へと路地の暗がりに消えていきました。そういう気さくさが、イタリア・オペラの有り様なのかとも思いました。
ヴェルディ「オテロ」
ヴェネツィア ラ・フェニーチェ劇場
2018年3月26日(火) 19:00
指揮:チョン・ミョンフン
演出:フランチェスコ・ミケーリ
オテロ:マルコ・ベルティ
デスデモーナ:カルメラ・レミージョ
イアーゴ:ダリボール・ジェニス
カッシオ:マッテオ・メッザーロ
GIUSEPPE VERDI, OTELLO
Venice: La Fenice Opera House
Conductor: Myung-Whun Chung
Director: Francesco Micheli
Sets: Edoardo Sanchi
Costumes: Silvia Aymonino
cast
Otello:Marco Berti
Desdemona:Carmela Remigio
Jago:Dalibor Jenis
Cassio:Matteo Mezzaro
Roderigo:Antonello Ceron
Lodovico:Mattia Denti
Montano:Matteo Ferrara
Emilia:Elisabetta Martorana
Conductor:Myung-Whun Chung
Director:Francesco Micheli
Sets:Edoardo Sanchi
Costumes:Silvia Aymonino
La Fenice Choir and Orchestra
Chorus Master:Claudio Marino Moretti
Children Choir ’Piccoli Cantori Veneziani’
Chorus Master:Diana D’Alessio
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