著者は、元NHK記者。森友事件を取材し特ダネをつかむがなぜか放送されない。やがて記者職を外され退社した。
NHKの安倍政権べったりの「忖度報道」姿勢。森友事件の深層に切り込んだNHK大阪支局エース記者のスクープはもみ消され、記者は担当を外されたばかりか記者生命をも奪われる。NHKを毅然と退社したその元記者が、今ここにその内情を露わにし、報道されなかった驚きの事実を明かす…
…というようなことを期待して本書を求める、というのが読者というものだろう。でも、残念ながらそういう内容ではない。
そもそも、森友問題の報道の立役者は朝日新聞であって、NHKのスクープと言えるのは、国会答弁に反して近畿財務局の価格交渉があった事実と、財務省が学園に「ごみ搬出にトラック何千台も使った」と証言するよう求めたという「口裏合わせ」の2件ぐらいのもの。もちろん「森友問題」の“巨悪"に迫るなどというものではない。
中味の大半は、著者の取材活動のログのようなもの。いささか粗っぽいとさえ感ずるほどに、業務上のメール引用が多用され、その意味ではNHKの記者の日常が生々しく綴られていて興味深い。政権べったりでその忖度報道ぶりが取り沙汰される小池英夫報道局長の関与も、取材現場からは距離が遠すぎたようでほとんど何にも書かれていないに均しい。
けれども読みようによっては、森友問題の実相が透けて見えてくる。籠池理事長夫妻との接触の実態が生々しく、当時のジャーナリズム、マスコミが「悪者」を求めて狂奔、狂騒する醜態ぶりが目に蘇ってくる。朝日新聞のスクープが、この問題を立件しようとした大阪地検の半ば意図的なリークであったことが容易に推測がつく。その意味でも、大阪支局の司法担当キャップだった著者は負け犬だったのだ。
森友問題とはいったい何だったのだろう。
まず、ここには贈収賄といった刑事事件の構造もないし政治と金という汚職構造もない。その意味で安倍首相も昭恵夫人も明確な関与はないのだろう。少なくとも安倍本人はそう確信し、周囲の忖度ぶりに苦笑を浮かべていたに違いない。だからこそ、安倍は平然と居直った。「忖度」の中心にいて出世に貪欲だった官僚たちを、地検は、結局、不当に国有地を安く売却したという背任にも虚偽公文書作成にも問えず不起訴にした。財務省は、かろうじて隠蔽の中心にいた当時の佐川理財局長を懲戒処分にしたに過ぎない。それも、たったの停職3ヶ月相当である。
この問題は、いわば「忖度」の連鎖反応だったのだろうと思う。中核に存在していたのは、安倍の取り巻きである「日本会議」という保守団体。これが、園児に教育勅語を暗唱させるいわゆる右翼教育の森友学園を持ち上げ、小学校設立を支援し、そして脳天気な安倍明恵を担ぎ出した。同じように名前を貸した日本会議周辺の政治家(例えば鴻池祥肇)も脳天気の部類だろう。罪深いのは、大阪の首長を担っている日本維新の会の連中だ。そこからスイッチの入った役人たちのとめどもない「忖度」連鎖の暴走が始まった。
根底にあるのは、停滞する日本経済の成熟とともに巧妙化し矮小化していく利益誘導政治と、同じようにゴシップ化していく裁量行政の、あいも変わらぬ結託と腐敗だ。保守政治は、役人の裁量権を庇護し利用する。役人は裁量権を武器に出世する。最近の外国人材活用法のようにスッカスッカの法案を強硬採決させるなど、そのことは安倍長期政権の下でますます露骨になっている。そういう構造を告発することこそ政治記者ではなく地方や社会部詰めの報道記者の粘り強い取材なのだと思う。
そもそも、著者は50歳代半ばにしてなお現場記者だった。それは本局採用の学卒、いわばキャリアとしては異例のこと。言ってみればTVドラマに出て来るような、組織からはみ出した現場ひと筋の“アブない"刑事(デカ)のようなもの。そういう一匹狼のベテランは人情をかざして若い部下や出世した後輩に説教する。そういう読み物としてはなかなか面白い。奥付を見ると、著者は、れっきとしたラ・サール高校―東大法学部という学歴エリート。そこに著者の性格が見えてくる。それにしても、東大法学部卒にしては、ずいぶんとがさつな文章だ。
安倍官邸vs.NHK
森友事件をスクープした私が辞めた理由
相澤冬樹
文藝春秋
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