久しぶりのミューザ川崎シンフォニーホール。

といっても、コンサートではありません。この日は、ヒジヤンさんのお誘いでミューザ川崎の主催イベント「MUSA音楽サロン」(東響メンバーの室内楽とともに)というシリーズの第3回「心地よい音響」です。
ゲストとしてミューザ川崎を始め紀尾井ホールなどの音響設計を手がけてきた永田音響設計取締役の小野朗氏のレクチャーというのに惹かれての参戦です。小野氏は、1998年に『サントリーホールの音響設計』で日本音響学技術開発賞を受賞されておられる音響設計の達人。なかなか面白いお話しが聞けました。

小野さんによると…

■古代ギリシャやローマ時代の音響技術は現代とほぼ変わらない
そのシンボルとも言えるのが野外劇場。野外だから本来は音が抜けて舞台の音声は客席の奥の方までは届かないはず。それを円形、すり鉢状の、今で言うアリーナ型の客席にして、席を石造りのしっかりしたものにして、しかも、客席の後方や上縁には石造りの壁を設けてある。これが音を反射して客席にも音声が驚くほど通るようになっていたという。
暗黒時代の中世はキリスト教が演劇を忌避したためにこうした技術は廃れてしまっていた。ところがルネサンスになって人間主義の復興が唱えられ再び演劇が盛んになる。それとともに劇場建築が盛んになり同時にローマ時代の文献が発掘され、忘れられていた古代の音響建築技術が再び日の目を見ることになりというわけです。
■シューボックスは宮廷のかたち
教会から解放された音楽は、まずは王侯貴族によって楽しまれる。それが19世紀の市民階級の勃興により一般市民に開放され、市民劇場が建設されます。そういう劇場建築はもともとの王宮のサロンやボールルームが元になっています。つまり、これが縦長の長方形をした劇場、つまり、シューボックス型ホールの源泉ということになります。この形が音響面で優れていることは、ウィーンのムジークフェライン、アムステルダムのコンセルトヘボウ、ボストンのシンフォニーホールなど数々の名ホールがこの形をしていることでよく知られています。

この形から派生したのが、馬蹄形のホール。周囲に階層のボックス席を設けることで多くの聴衆にも視野を確保できます。多くの歌劇場がこの形をしていて、コンサートホールでもカーネギーホールがこの形をしています。
ところが、こういった形では収容人数はせいぜいが1000〜1500席ほど。それ以上に大きくすると舞台から奥の客席が遠くなってしまい音も通らないし、視野も限られてしまう。この限界を打ち破ったのが、ギリシャ・ローマの円形劇場の技術でした。
■ヴィンヤード型のスタートとなるのがベルリンのフィルハーモニー
東西に分割したベルリン(西側はベルリンの伝統的文教施設から外れていた)で、西側の威信をかけて建設されたフィルハーモニーはアリーナ型という斬新で挑戦的なデザインへ変更されます。舞台幅と客席幅は同じという従来の常識を打ち破るヴィンヤード型ホールの誕生です。客席のそこかしこに壁を設けて適度な反射によって音を客席にも行き渡らせるというローマの野外劇場技術を復活応用したことがその成功のカギとなりました。
東京のサントリーホールは、当初はシューボックス型で計画されますが、指揮者のカラヤンの助言でベルリン・フィルハーモニーのヴィンヤード型へと変更されます。この時、ホールのオーナーである酒造メーカーのサントリーが「ワインヤード」と言い換えたのが「ワインヤード型」という俗称の起源だそうです。

■大事なのは、ステージ床
ステージは、下部内に適度なキャビティを持ち、なおかつ劇場の基礎構造とは縁切りがされるように設計されているそうです。こうしたステージ床が音響面で著しい効果をあげることは、個人的にアムステルダムのコンセルトヘボウで実感しました。そのことはウィーンのムジークフェラインも同じですが、ステージ後方の特設席、いわゆるP席(ポディウム席)のこと。音のよいホールのP席は、指揮者と正対する視覚的面白さだけでなく、音響面でも独特の音の興奮があります。ミューザ川崎の後方席も然りです。
■フロアの効果は低音に現れる
それが、この日の演奏者にコントラバス奏者を選んだ最大の理由なのだそうです。
コントラバスやチェロは、エンドピンをフロアーに突き刺すことで床に直接響きを伝えている。だから床の音響の良し悪しがもろに出て来る。多かれ少なかれ低域というのは床振動を伴って音造りがされているというのです。
比較のため、壇状の台から降りて部屋のこちんこちんのコンクリートのフロアーそのもので弾いてもらいます。
これが驚くほど寂しいドライな音になってしまいます。いかに演奏ステージの箱状のフロアがホール音響というものに効いているかを実体験させてもらいました。
■エンドピンを交換すると…
これも驚くほどの違いがあります。演奏家もエンドピンにこだわりがあるそうです。それはそうでしょう。これだけの違いがあるのです。ちなみにゲストの久松さんの愛用は、チタンとタングステン、さらに外側を真鍮という同心円状に組み合わせたハイブリッドなんだとか。ハイエンドオーディオアクセサリー以上のこだわりです。
ホールによっては舞台フロアーにキズが付くからとエンドピンを刺すことを禁止するところもあるそうです。その場合は先端をカバーするゴムを使うそうで、これも音をまったくダメにしてしまうそうです。そもそも舞台フロアーは消耗品、こんなことを言うマネジメントは無知で音痴と言わんばかりの小野さんに観客も爆笑でした。
演奏の方も、コントラバスのデュエットというのも珍しいし、これを間近に聴けるというのも稀少な体験で、とても楽しいものでした。
オーケストラ後方にずらりと並んでいるふだんのコントラバスを見ると、個人個人というよりは軍団という感じであまり個性を感じませんが、こうしてお二人を身近に拝見し、その演奏を聴かせていただくと、どうしてどうして、なかなか個性的。
コントラバスという楽器は、ヴァイオリン族のなかでもひときわ個性があって形やデザインもサイズもまちまち。もちろんけっこう音色も違っています。最近は、超低弦の第5弦を持つ楽器が多くなっていますが、今回のお二人は伝統的な4弦。それでも久松さんの楽器には大きなアダプターがついていてコックを回すとC音になるという仕掛けがついています。
マーラーなどはC音を求めていますが、そういう場合はどうするのですか?との小野さんの質問には『オクターブ上を弾きます』とあっけらかんと答えて笑っています。小野さんによればコントラバス奏者は大らかでのんびり屋さんが多いのだとか。イタリアのコントラバスのパガニーニとの異名をとったポッテジーニの曲は本来スコルダトゥーラで調弦を変えて演奏するのですが、今回はそのままで演奏。これはこれで面白いと言って笑い飛ばしています。
東響次席の久松さんは、やはり、ちょっと親分肌のようで、デュエットでも下支えに回ると本領を発揮して演奏が活き活きと躍動するし、音楽の表情が豊かになります。渡邊さんは若くてけっこう天然的な才気があってアクロバチックな演奏で大活躍。こういうキャラが立つコントラバスのデュエット体験はとても楽しかったのです。
ちなみにピッチはA=442Hz。これが東響あるいはミューザの基本のようです。コントラバスといえどもこの日の最低音は60Hz近辺でした。低音とはそういうものだと思います。
イベント終了後は、ヒジヤンさんと互いの近況報告もかねて反省会。二人ともどちらかといえばオーディオとは別のところでいろいろ入れ込んでいるということになります。その共通項はオペラ。ここでも話しに花が咲き、二人で爆笑の連続でした。

MUZA音楽サロン「音楽がもたらす力」 第3回「心地よい音響」
2018年3月17日 (土) 14:00
神奈川県川崎市 ミューザ川崎シンフォニーホール 市民交流室
プレゼンター:小野朗(永田音響設計 取締役プロジェクトチーフ)
演奏:久松ちず(東京交響楽団コントラバス・フォアシュピーラー奏者)
渡邉淳子(東京交響楽団コントラバス奏者)
福士恭子(ピアノ)
曲目
グノー:小さなスケルツォ
プロコフィエフ:ロマンス
ポッテジーニ:エレジー
ポッテジーニ:グラン・デュエット第3番
ブルース・フォー・レイ(レイ・ブラウンに捧ぐ)
ロンベルク:2本のバスのためのソナタ 変ホ長調 op43. No.1
高嶋圭子:「春の呼ぶ声を聞く」より「夜明け」
ログインしてコメントを確認・投稿する