若手や新進気鋭の新人の登竜門ともいうべき、紀尾井ホールの「明日への扉」シリーズ。前回の守岡未央さん(トランペット)に続いて、新人らしい新人の登場でした。
小川恭子さんはまだ桐朋学園大音楽部を首席で卒業したばかり。とはいえ、日本音楽コンクールで二位なしの第一位、今年5月に ノヴォシビルスク国際コンクールで1位を獲得するなど、数々の国内外のコンクールでの上位受賞歴を誇り、すでに東響や東フィルなどメジャーオケとの協演デビューも果たしている。しかも楽器はITOH財団から貸与されているストラディヴァリウス1716年製「ハンメル」。各方面から期待の集まる大型新人ということで間違いないのでしょう。
なにしろ愛らしい美女。
ご一緒したマイミクのUNICORNさんは元「ももクロ」のメンバー早見あかりにそっくりだということを連発。私は、その肝心な早見あかりがピンと来ていなかったのですが、確かにタレントとしてのヴィジュアルなオーラが全開のヴァイオリニストであることには間違いありません。
しかもステージには、ローズウッドの深い茶にうっすらと木目が沈む、江口玲さん愛用のNYスタインウェイのヴィンテージピアノ(1887年製)がスタンバイ。しかも私たちがゲットしたのは2階中央のど真ん中2列目という絶好の位置(2階C2列14番)。小川さんのストラディヴァリウスとともに、どんな彩りの綾を聴かせてくれるのか期待が高まるばかり。
ところが…
音がちょっと粗い。音楽も全体としては滑らかに進行するのですが、いまひとつ情感の高揚に欠けていて要所要所で不安定なところがあります。フィギュアスケートに例えると、四回転で回転不足になったり着地で手をついたり。特にブラームスには低音弦で勇壮な感覚を与えてくれるはずのところがあるのですが、少し力みがあって氷をガリッと削るように突っかかってしまうのです。次第に楽器の柔らかく深みのある音色を感じるようになっていきましたが、ジャンプで不安定というようなところは、バッハでもまだまだ残ってしまいました。ラヴェルのツィガーヌも、もっとある意味でこれ見よがしなテクニックで人を惹き付けるところがあってもよいのではないかと不満が残りました。
見ていて腕や肩など身体的な堅さを感じてしまいます。それで余計なところに力が入ったり、弓で弦に押しつけすぎてしまって弓が引っかかって弾ききれなくなってしまうのではないでしょうか。前半のプログラムは、ブラームスとバッハ。どこかクラシックのアカデミズムが強要するような重たい構成。必ずしも小川さん自身の得意な曲ではないのかもしれないと思ってしまったのです。
それが、後半になると見違えるように一変します。
プロコフィエフの、何ともモダンであってリリカルな20世紀的ロマンチシズムが満開。作品番号に“bis”(=改作)とついていることからもわかるように、もともとは「歌詞のない旋律」すなわちヴォカリーズとして作曲されたものを改編した作品。ヴァイオリン1本のメロディから色とりどりに派生する装飾の妄想というべきロマネスクな意匠性を胎んでいる。もちろん、江口さんのピアノの音の綾のサポートがあってこそ。この夜の白眉とさえ思えたのです。
R,シュトラウスのソナタも、それ以上に素晴らしかった。
愛妻家というより恐妻家として知られるシュトラウスですが、その若きシュトラウスがソプラノ歌手のパウリーネ・デ・アーナ、つまり彼の妻となる女性ですが、その彼女との恋愛中に作曲されたもの。若々しい清新さとモーツァルト的な均整の取れた古典的なソナタとして多くのヴァイオリニストにとって愛すべきレパートリーとなっている曲ですが、小川さんは恋愛中の青年音楽家シュトラウスに相応しい情熱的な高揚で魅せてくれました。こんなに情熱的な曲だったなんて。やっぱりこのヴァイオリニストは、ブラームスやバッハよりも後期ロマン派末期のロマンチックで端正で情熱的な美音がふさわしい…。
そう、確信しかけたのですが…。
アンコールでは、「私の大好きなブラームスを弾きます」とのアナウンスで、「FAEソナタ」からブラームスが担当した第3楽章のスケルツォ。これがまた素晴らしく躍動的で、やはり情熱の高揚感が横溢する演奏。ブラームスが苦手だなんて、私のとんでもない誤解だったのです。
思えば、フィギュアスケートの浅田真央ちゃんのようにちょっと立ち上がりが苦手なメンタリティがあって、単に前半は動きが悪かっただけなのです。真央ちゃんがジャンプにこだわるようにブラームスにこだわってプログラムの最初に持ってきたのですが、やっぱり意識が強すぎた。それが後半吹っ切れて、見事に伸び伸びと自分の思いの丈を演奏にぶつけることができたのだと思いました。
いつもながら江口さんのサポートが冴える一夜でしたが、思えばブラームスの2番も、シュトラウスのソナタもピアノがリードし、それに呼応するようにヴァイオリンが音楽の中央へと導き出されてくるような曲。「ツィガーヌ」では、前半のソロ部分よりもピアノが入ってデュオとなってからのほうが飛翔感がぱぁーっと高まりました。江口玲さんという名手をいきなりパートナーに据えることができたのも、小川恭子さんへの音楽界の期待が高いことを示す証左でしょう。
大型新人の誕生というにふさわしい、豪華さが花開いたようなリサイタル後半でした。
紀尾井 明日への扉14
小川恭子(ヴァイオリン)
2016年12月6日(火) 19:00
東京・四谷 紀尾井ホール
小川恭子(Vn)
江口 玲(Pf)
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調Op.100
J.S.バッハ:シャコンヌ
(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004より)
ラヴェル:ツィガーヌ
プロコフィエフ:5つのメロディーOp.35bis
R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調Op.18
(アンコール)
ブラームス:F.A.E.のソナタよりスケルツォ
パガニーニ:カンタービレ Op.17
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