脳梗塞から復活した老壮の理論経済学者が口述筆記の力を借りて血を吐くようにして安倍政権の経済政策とその右翼的政治を批判、真っ向から否定した警鐘の書。
いま、「安倍の運も尽きた」と政権崩壊を予測する向きは多い。ジャーナリストの高野孟などは『健康問題というより“心”の問題』と言い切る。総裁戦、政権発足から幾多の僥倖に恵まれ長期政権への勢いを得た安倍だが、自民党身内のミスで党内公聴会で「違憲」と断じられたあたりから難路に突っ込み、もともと逆風に弱いお坊ちゃん体質の安倍の心が折れるのではないかという観測だ。
安倍の右翼的政治姿勢には、党内や米国政権内からも批判や嫌悪が内在している。戦後70年の談話もそうした無言の圧力に取り囲まれうやむやにされた。一強多弱と言われ、総裁選も無投票となったが、それは、むしろ周囲がすっかり引いてしまってすでに安倍を見限っているからだとも言われる。それほど安保法制とその強行は不人気だ。
慶大教授の金子勝氏は、安倍政権の体質を「行くところまで行く」というものだと喝破している。集団的自衛権容認の憲法解釈から安保法制の大幅見直しを強行達成した安倍政権は再び政策の焦点を経済に戻し、支持率回復をねらっている。TPP大筋合意は、経済回帰の政権にとって朗報となったに違いない。さて、その経済政策、すなわち“アベノミクス”は果たして有効なのか、というのが本書のテーマとなる。
著者によれば、アベノミクスの3本の矢とは、(1)『量的・質的緩和』の金融政策、(2)国土強靱化政策、(3)成長政策の3つである。
(1)については、異常な円高からの脱却、株式など金融市場の改善・活性化など成果が現れたように見えるが、これはあくまでも政権発足前からの外国人投資家の投資活発化によるもので、日銀による異次元の金融緩和政策の効果ではないと断じている。インフレ目標を掲げるリフレ派の政策は“にせ薬”のまやかしだと一刀両断。
(2)は、表向き次なる大震災に備えた遠大な公共投資積極策のように唱えているが、実際の予算編成にはまったく反映されていないと、その虚飾性を喝破。小泉政権以来の公共土木予算縮減(=民主党政権の「コンクリートからひとへ」)は現政権下でも踏襲されていおり、震災復興も、予算編成や執行上の様々な齟齬、ボトルネックで遅々として進んでいないという。
(3)の成長戦略は、高齢化・人口縮減という現実の人口動態に矛盾した、旧態依然たる「成長神話」政策で実効性に乏しいと手厳しい。むしろ、その反動的な労働政策によって企業の低賃金志向におもねり、格差拡大のみならず平均賃金の低下をも招いていると断じている。
アベノミクス批判としては、なかなか舌鋒鋭く、特にリフレ派代表の日銀の岩田規久男副総裁の弁をとらえて「おまじない経済学」とこき下ろし、「異次元緩和」が消費増大や投資の活発化に結びつくことはあり得ないと論破している。金融緩和とは日銀による赤字国債の引き受けが政策者の真意であって、それは先の大戦での戦費調達、出口なき戦時財政と変わるところはないとの指摘はその通りだと思う。
第2の矢をすべて「国土強靱化政策」だと限定しているのはやや疑問だが、財政制約によって予算の実質はそうなっていないとの指摘は鋭い。まさにまやかしなのだ。第3の矢の「成長戦略」が時代錯誤だというのもその通りだ。また、論は原発政策にも及ぶが、確かに原発は燃料廃棄物の処理方法の目途がたっていないという原発否定論はその通りだと思う。
安倍をこき下ろす向きは本書を読んでさぞや溜飲を下げることだろう。しかし、どうもすとんと胸に落ちない。
もっとも納得できないのは、一刀両断のように見える(1)の金融政策批判だ。確かに、金融緩和はあくまでもカンフルだというのはその通りだ。けれども、あのまま民主党政権が続いて緩和策を取らなかったとしても景気回復はあったと言わんばかりの議論は納得いかない。リーマンショック後の対応が無為無策だったということは否定できないのではないか。各国の金融緩和策、為替政策に対して拱手傍観だったことのツケは大きい。要するに「お札」の刷り負けだったのだ。その間に、日本の国内産業は韓国にむちゃくちゃにされた。安倍政権発足前から外国人投資家が日本に目を向けていたというのは、すでに政権交代を見通していたからだ。
第2、第3の矢が先に折れてしまえば、第1の矢の金融緩和策の出口がますます遠ざかり見えてこない。「行くところまで行く」というのはまさに戦前・戦時の軍部の体質だったわけだが、そういう安倍を引きずり下ろすことは喫緊の課題だが、それにしてもその後の担い手、政策が見えてこない。
アベノミクスを酷評すればするほど、では具体的な対案は何なんだ?との苛立ちがつのる。
そういう逼塞感がいまの国民の心理なのではないだろうか。
アベノミクス批判――四本の矢を折る
伊東 光晴 (著) 岩波書店
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