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2015年08月20日17:50

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ミュンヘンオペラ「ランメルモールのルチア」(ドイツ音楽三昧 その4)

ザルツブルクからとんぼ返りしたその夜は、バイエルン国立歌劇場の第二夜です。

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この夜は、何といってもディアナ・ダムラウのルチア。世界のディーヴァ、ダムラウの直近の当たり役。それだけにチケットは入手難で、前夜の「ドン・カルロ」に較べるとずっと後の席でした。出発直前にネット上でS席の残席が出たのですが、思いとどまりました。

私たちの席は、中央の最後列やや左。ここは完全に二階バルコニーの下になっていて、いわゆる「庇の下」。ちょっと出費をためらったことを後悔しかけたのですが、いざ開演してみるとそんなことは吹っ飛んでしまいました。確かにステージからは遠目になりますが、音響的には申し分ない。ほんとうに劇場の空間全体に声がみなぎるような気がします。名ホールの証しは、どこで聴いても良い音がすること。そのことをまざまざと思い知りました。

このオペラの聴かせどころは何といっても「狂乱の場」ですが、そこではフルートではなくヴェロフォン(グラスハーモニカ)がオブリガートを奏でるというのが、このミュンヘンヴァージョンの目玉。最初は、オーケストラピットで立ちあがりひときわ目立つ奏者がいるので何の楽器だろうと思っていたら、このグラスハーモニカのサッシャ・レッケルトと知りました。モーツァルトなどで精妙な響きを聴かせる不思議な楽器ですが、その音が最後列でもほんとうによく聞こえるのです。

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こういう「庇の下」「壁際」は音が悪いというのが常識のはずですが、ほんとうに不思議です。その秘密のひとつは木造の床のような気がします。建築構造全体が木造で響きがよいということでしょうが、客席の床まで無垢の木材ですからとても響きがよいのでしょう。その事に気づいたのは、カーテンコールでの大喝采と足踏み。こちらの人は最大限の喝采を表現するときに一斉に足を踏み鳴らします。その響きがすごいのです。ほどよい柔らかさで響きのよい木材が使用されていると想像しますが、ヨーロッパの名ホールは必ずと言ってよいほど客席の床材も木です。それが大戦後に建設されたホールにはありません。こういう床は内部損失による吸音と共鳴による響きが絶妙のバランス。午前中のザルツブルクのモーツァルテウム大ホールもそうですが、残響は決して長くなく響きは濁らないのですがとても充実しているのです。現代のコンクリートの床上のフローリングではこのような音にならないのだと思いました。

このオペラは「ドン・カルロ」と同じように政略結婚により引き裂かれた愛の悲劇ですが、これに「ロミオとジュリエット」のような敵対関係を超えた適わぬ純愛の悲劇が重なります。それをふたつの財閥企業の確執と、経営的に窮地に陥った企業の起死回生の策としての企業連携に打って出るという設定。その戦略のために実の妹のルチアを政略結婚として差し出そうというわけです。ルチアが愛するエドガルトは、何とシボレーのオープンカーで颯爽と登場するという次第。こちらはかつてルチアの兄エンリーコによって没落の憂き目に遭いますが、いまや再び盛り返してエンリーコを追いつめている。そんな、現代の苛酷な企業競争と策略の世界の「ルチア」。

あの「狂乱の場」では、血にまみれた剣のかわりに拳銃を持って現れるルチア役のダムラウ。これがなかなか秀逸で、錯乱状態で拳銃を向けられた周囲の人間はあわてふためいて逃げまどう。このことでルチアの狂乱をただ傍観するというのではなく、その狂乱者の不条理に翻弄され報復されているというエドガルトの道義的な責任が露わになるのです。

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そのダムラウの演技力の凄み。

彼女の演技は、極めて現代的で同時代的。それがこの現代演出が絶妙な場面となってリアリズムの凄みを見せてくれる。発狂と錯乱に至る精神的な崩壊は、結婚契約書に茫然とサインをする第2幕からすでに現れていて、ここからどんどんと追いつめられ第3幕の「狂乱」に至るのです。ダムラウのコロラトゥーラは、決して技巧的でもなくもっと高い純白の美しい声の歌手はいるのだと思います。むしろダムラウの声の色は、黒みを帯びていて暗く厚みがあり、時として不安定な揺らぎさえあります。ダムラウは専門の精神医にも取材して声質と演技を磨いたと語っています。

前述したグラスハーモニカも、そういう錯乱して浮遊、彷徨する精神状態をかもし出していて実に効果的でした。ドニゼッティはそういう意図をこのオブリガートに託したのだということがフルートよりも出ている。そういう説得力があります。実際、グラスハーモニカをめぐっては、その演奏に熱中すると鬱病やある種の怪奇的な神経障害を引き起こすと問題になったこともあるそうです。ガラスに含まれる鉛による中毒のせいだとか様々な憶測が飛び交った時代があったとか。そういう催眠的な作用というか、人間の神経病理に障るような得も言われる響きがあって、この「狂乱の場」をいっそうの見せ場にしていました。

歌手陣は、これもまたレベルが高く粒ぞろい。指揮者は、オクサーナ・リーニフ。ウクライナ出身の女性指揮者で、第1回グスタフ・マーラー指揮者コンクールで第3位入賞。このときの第1位はドゥダメルだった。

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ミュンヘン第二夜にして、私たち夫婦はもうすっかり打ちのめされたような気分でした。もう日本でオペラを聴くのはやめよう。それはとてつもない徒労のようにさえ思えたのです。同時に、翌日への昂揚の高まりを抑えきれずにもいたのです。





ドニゼッティ:「マンメルモールのルチア」
バイエルン国立歌劇場
2015年7月25日(土) 19:00
ミュンヘン バイエルン国立歌劇場


Lucia Ashton: Diana Damrau
Sir Edgardo di Ravenswood: Pavol Breslik
Lord Arturo Bucklaw: Emanuele D'Aguanno
Raimondo Bidebent: Alexander
Tsymbalyuk Alisa: Rachael Wilson
Normanno: Dean Power
Lord Enrico Ashton: Dalibor Jenis

Bayerisches Staatsorchester
Chor der Bayerischen Staatsoper
Musikalische Leitung: Oksana Lyniv

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