玉城知事から古謝知事に代わったことで、
日本政府は、沖縄県への経済支援策を打ち出した。
このことは、基地反対か経済支援かという、
沖縄県を取り巻く問題を象徴している。
玉城知事の県政においても、
政府に経済支援を要請していたが、
十分に対応してこなかった現実がある。
つまり、基地に反対するなら経済支援はしないと
経済支援を人質にとって沖縄県民に、
基地問題について諦めるように迫っていたと言える。
そもそも沖縄の基地問題は、沖縄が日本に返還された時に
日本政府と米国政府の間で交わされた密約に縛られており、
それは沖縄県民の預かり知らぬことである。
太平洋戦争末期に、日本国土における唯一の戦場となり、
県民の死者は12万人以上に上り、
実に県民の4人に一人が犠牲になった。
その歴史を踏まえることなく、
戦後も基地による犠牲を強いてきた事実は
沖縄県民にとっては理不尽そのものであり、
基地反対の動きは、当然の権利であるとも言える。
古謝知事の誕生で経済支援が増えたとしても、
それは基地問題の根本的な解決にはならない。
古謝氏は“そろそろ新しい時代をつくってもいいんじゃないか”、
というようなスローガンで知事選を闘ったようだが、
新しい時代とはどんな時代のことを意味しているのだろうか。
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