ちょっと考えさせられてしまった。
日本で最も歴史のある作曲賞である「尾高賞」。
毎年の受賞曲発表は、かつてはN響定期で行われていた。保守的なN響定期会員には現代音楽がなじみにくく、80年代に特別演奏会が別途開催されるようになり、この「Music Tomorrow」はそれを継承したもの。
受賞作品とともに、代表的な現代作品も演奏する。世界のトップオーケストラとの共同委嘱作品の日本初演がずらりと並ぶ豪華なプログラム。
N響の高度な技術、初見対応力が存分に総攬できて、当代一流の人気ソリストが登場して、しかも、チケット代はたったのS席3千円と超お得。
考えさせられたというのは、尾高賞というもののあり方。
受賞したのは、湯浅讓二氏。戦後まもない頃の前芸術運動「実験工房」で武満徹らと行動をともにしたという世代。御年94歳の大長老。しかも、その作品は、最新作ではなく16年前の作品の編作に過ぎない。現代の新作ではなく過去形の音楽。
湯浅氏が奥様を亡くされた時の作品で、「哀歌」とはつまりは亡妻への死の慟哭、追弔の音楽。聴いてみるとこれほどわかりやすいというのか、「哀歌(エレジー)」のあまりにもお定まりの下降音型が綿々と重なる音楽で、しかも前衛の看板みたいな無調音楽に徹するものだから、戦後の前衛世代の相も変わらぬマンネリズムの空虚さしか感じない。原曲のマンドリンならだいぶ違ったのかも知れないが。
50年以上も昔、中学・高校生の時代にずいぶんと背伸びをして、前衛音楽コンサートにも何回か足を運んだ。昨年何回目かの尾高賞を受賞した一柳慧氏なども前衛のスター的存在で、それを崇め奉ったのは若気の至りとも言うべき知ったかぶりに過ぎず、実験的な音楽には好奇心はあっても心から共感することはなかったというのが偽らざる本音。それがいまや、何の抵抗もなく聴けるばかりか、懐かしいというか、いささか古くさいものとさえ聞こえてしまう。
昨年の一柳氏は、受賞を前にして物故されたが、今回、湯浅氏は車椅子で登壇。N響の常務理事が、歩み寄って腰を低くして賞状を差し出す光景はなんとも言えない気分がした。この受賞選考にはどうやらずいぶんと議論もあったらしい。プログラムの片山杜秀氏の解説からも、なんとも微妙な空気を感じるが、その意味でこの一文は大変な名文だ。当のご本人のほうは、同じプログラム「受賞によせて」で、受賞の知らせに『どの曲が受賞したのかな?』とまず思ったと書いている。いやはやなんともという感じで、片山氏の賛辞がいかに大変な名文であるかというものだろう。言わずもがなだが、湯浅氏はもう作曲はしないということも宣言している。
さて…
日本初演の各曲は、どれも素晴らしかった。
本来は作曲者エロヴェシュの自作自演が企画されていたが、残念ながら急逝された。指揮台に立ったのはその高弟であるペーター・レンデル。その指揮は見事。
一曲目は、抽象画の大家マレーヴィチにちなんだ曲で、絢爛な色彩感に圧倒された。絵画を「読む」というのは意味深だけれども、色彩だけで形に乏しくちょっと単調。
後半の、二曲の協奏曲がすごく楽しかった。メストレのソロというのはとんでもなく贅沢。ギイは、これまたリストはだしの華々しいカデンツァ風のソロと厚みのあるオーケストラの大音響で大いに盛り上がります。
アンコールのドビュッシー「花火」は、いつも実演に接すると思うのですが、打ち上げ花火ではなくネズミ花火だと確信してしまう。聴覚が視覚的モビリティに転化するというのは、もっとも現代的な感覚の嬉遊なんだと改めて思いました。
NHK交響楽団
Music Tomorrow 2024
2024年5月28日(火)19:00
東京オペラシティコンサートホール
(2階 L1列 31番)
グザヴィエ・ドゥ・メストレ(ハープ)
フランソワ・フレデリック・ギイ(ピアノ)
ペーター・ルンデル(指揮)
NHK交響楽団
エトヴェシュ:マレーヴィチを読む(2018)[日本初演]
湯浅譲二:
打楽器、ハープ、ピアノ、弦楽オーケストラのための
「哀歌(エレジィ) ―for my wife, Reiko―」(2023)
[第71回「尾高賞」受賞作品]
エトヴェシュ:ハープ協奏曲(2023)
ミュライユ:「嵐の目」
―ピアノとオーケストラのための幻想即興曲(2022)[日本初演]
(アンコール)フランソワ・フレデリック・ギイ
ドビュッシー:前奏曲集 第�挟� ― 第12曲「花火」
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