mixiユーザー(id:26897873)

2021年07月10日13:41

232 view

ビゼー 「カルメン」 (新国立劇場)

自由奔放、そして軽妙なカルメン。

いわゆる現代への前衛的《置き換え演出》のなかでも近年もっとも成功した、楽しくなおかつ見応えのあるプロダクションだった。それでいてその五感いっぱいに拡がるノリのよさは、オーケストラピットとの相乗効果を生み出し音楽劇としても出色のできばえとなった。

フォト


カルメンは、華麗なショービジネスに生きるスター歌手。ドン・ホセは、公演の警備現場を担当する警察の若いキャリア。

ツアー公演が始まり、ファンが群がるなかでカルメンが気まぐれで投げた薔薇の花の一撃を受けてホセは恋に落ちる。ツアー一行のスタッフとカルメンの間で諍いが起こり、その暴力騒ぎでカルメンは逮捕拘留されるが、ホセはカルメンの誘惑に負けて彼女の逃亡を許してしまう。

フォト


膨大な数の鉄パイプで組まれた華やかなショービジネスの舞台裏では怪しげな人物が群がり薬物密輸といった犯罪がうごめく。ひと一人が入れるような楽器ケースにブツを潜めて税関をだますという手口には、何やら生々しい既視感がある(苦笑)。

フォト


何よりもタイトルロールのステファニー・ドゥストラックを称えたい。コロナ禍のなかでの新国立に決定的に欠けていたのはこのオーラだ。たった一人の存在感が醸し出す牽引力が舞台全体の空気を変えてしまう。ドゥスラックの声は決して妖艶とか魔性の女のドスの効いたものというわけではなく、言葉の放つオーラと手足の長い見映えのよさを存分に活かした演技で、自信満々のスター歌手というカルメンの鮮度極まりない開放的な奔放さに蠱惑される。

体調不良による口パクなど不安視された村上敏明のホセも存分にその実力を発揮できていた。ともすればストーカーDVとか凡人の転落などと矮小化されがちな難しい役だけれど、ここでは、むしろ、常識や良識の呪縛を一心に払いのけようと突き進む青年のひたむきな心の叫びを要所要所で爆発させていて共感を誘う。

フォト


エスカミーリョのアレクサンドル・ドゥハメルは堂々たる体躯のフランス人。エスカミーリョといえばカッコいいバリトンと相場が決まっている感じですが、ドゥハメルは堂々たる大物スターの闘牛士。始めからホセなど相手ではない。この大物に取り入れられたカルメンは、どんどんと手の届かない彼方へ。付き人に過ぎないホセは取り残されてしまう。ドゥハメルのエスカミーリョは、始めからそういう側にいる大物感が漂い、遠慮のない堂々としたトレアドールでした。

フォト


ミカエラの砂川涼子も美しい歌唱で魅了する。精一杯の気持ちで都会に出てきた少女といった衣装と仕草などの演出が心憎い。だからカルメンにひけをとらずに、対照的な素朴と純情さで、ホセをもう一方にたぐり寄せようとする引力を歌い上げる。

その他、上官スニガの妻屋秀和や同僚モラレスの吉川健一、カルメンの取り巻き役の森谷真理、金子美香などなど新国立劇場おなじみの豪華な脇役陣も、それぞれの個性を発揮して伸び伸びと演じているのが余計に嬉しい。

フォト


このオペラのアクセントでもある少年合唱も可愛らしいし、合唱はいつもながらこのオペラハウスの自慢。

アレックス・オリエの演出は、さすがバルセロナ出身らしいというべきか、これほどの前衛改編にもかかわらずスペイン情緒あふれるビゼーの音楽が損なわれない。むしろ、音楽を活かす演出の裁きが見事で、例えば、少人数でのアリアや重唱の場面ではいつのまにか合唱群衆は舞台から引かせてしまっていて、それだけに歌手の歌唱や演技が直截に伝わってきてストーリーの流れがとてもわかりやすい。奇抜な置き換えにもかかわらず、よくリブレットや譜面をを読み込んでいる証左だと思う。

ちょっとだけ残念なのは、字幕。こういう演出にもうちょっと寄り添った言葉の工夫があってもよいのではないか。例えば、“brigadier”を判を押したように「伍長」と訳しているが、フランス語の辞書にはちゃんと「巡査部長」や「主任」といった警察組織の階級、役職の訳だってあるのに。

最後になってしまったが、オーケストラピットも素晴らしかった。大野和士は、最初の序曲や前奏曲からビゼーらしいわくわくするようなテンポでオーケストラを牽引し、東フィルもステージ上のシンフォニーコンサートを上回るような、色彩と情緒にあふれた管弦楽の魅力を発揮。それでいて舞台上の歌唱とのバランスも抜群。第4幕の、スター達の入場シーン以降のダイナミックかつドラマチックな高揚感は、欧州本場のオペラハウスの管弦楽団もかくやと思わせるほどの快演だった。

残りの日数わずか、ぜひ、観てほしい。あるいは、共同制作のびわ湖ホール上演に期待するか。




フォト


新国立劇場
ビゼー 「カルメン」
2021年7月8日 14:00
東京・初台 新国立劇場 オペラハウス
(1階6列27番)

【指 揮】大野和士
【演 出】アレックス・オリエ
【美 術】アルフォンス・フローレス
【衣 裳】リュック・カステーイス
【照 明】マルコ・フィリベック

【カルメン】ステファニー・ドゥストラック
【ドン・ホセ】村上敏明
【エスカミーリョ】アレクサンドル・ドゥハメル
【ミカエラ】砂川涼子
【スニガ】妻屋秀和
【モラレス】吉川健一
【ダンカイロ】町 英和
【レメンダード】糸賀修平
【フラスキータ】森谷真理
【メルセデス】金子美香

【合 唱】新国立劇場合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル
【児童合唱】TOKYO FM少年合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

11 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する