森会長は辞任表明の際に
老害老害と言って老人が悪いように言うが、
老害だって差別であると怒りを滲ませた。
歳をとらない人間はいない。
だから老害とは、たしかに嫌な言葉だ。
しかし、老いることが決して悪いとは思っていない。
老いるにしたがって、善悪の判断がつかなくなることがあり、
また、何が問題なのか気付かないことがおきる。
森会長の場合は、何が問題なのか気付かないから
正しい答えを導き出すことができないだけなのだ。
聞く耳を持たずに切り捨て、
一方的に上から目線で考えを押しつけてくる。
何が問題なのだと言わんばかりの態度に、
人は「害」を嗅ぎ取るのだ。
森会長が自分のやっていることに自負を持つことと、
自負を振りかざして他者を蔑むこととは別である。
自負する気持の強さが、他者への敬意を欠如させると、
それこそが、差別であり蔑視となってしまうのだ。
そうした老いによる弊害を
他者が容認しがたくなったとき、
“老害”と判断されるのである。
ただし権力を利用しようとする組織が、
老害を惹起することも多々あり、
森会長だけの責任とは言えない。
高齢であることを
老害と一括りにしているわけではない。
若害にだってもちろんあるだろう。
分別のつかないことは、若くても老いても
年齢、性別に関わりなく起きることだ。
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