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2019年02月26日12:20

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「深重の海」(津本陽著)読了

昨年(2018年)、死去した津本陽が本書で1978年に第79回直木賞を受賞、文字通り出世作となった作品。著者は、和歌山市出身。その地元である紀伊半島南部太地湾は慶長年間から鯨漁で栄えたが、明治11年年末に起きた"大背美流れ"と呼ばれた大規模な遭難と、それをきっかけに一気に崩壊していく古式捕鯨に生きた男たちを描く。

津本が死去した昨年は、日本の捕鯨においても新たな大変動があった年でもある。国際捕鯨取締条約からの脱退である。脱退が発効する今年7月から日本の領海及び排他的経済水域に限った商業捕鯨が再開される。


…捕鯨の歴史は乱獲の歴史そのものだった。

大西洋の鯨を取り尽くした列強諸国の捕鯨船が日本近海に進出してくる。ペルリの黒船が来訪し開国を迫ったのは「海の油工場」と呼ばれた米国捕鯨団の補給のための開港を迫るためだった。その大量捕獲により手漕ぎの和船による漁獲高は著しく減少し、沿岸捕鯨は窮地に追い込まれていく。困窮した太地の漁師が、たまたま発見した親子連れのセミクジラを追い嵐に巻き込まれ遭難する。太地の漁師には、長年、背美の親子連れは追わないという慣習があったが、この禁を犯したうえでの深追いが招いた"大背美流れ"だった。

アメリカ式捕鯨は、1840年代に開発されたボムランス銃と呼ばれる捕鯨銃を使用し、乱獲に拍車をかけた。日本の鯨組は、明治後半になってこの捕鯨銃と従来の網取法を組み合わせて復興する。漁港周辺での資源が不足すると、さらには、ノルウェー式捕鯨による中遠海域捕鯨へと発展する。ロープ付の銛を発射する捕鯨砲と蒸気動力付きの捕鯨船(キャッチャーボート)の発明は、近代商業捕鯨時代の幕開けとなり、ナガスクジラの捕獲を可能とし、南氷洋までクジラを追う母船式捕鯨の時代を迎える。戦争でいったん壊滅した船団が復活した日本の捕鯨産業は、1950年代に世界最大の捕鯨国に躍り出る。IWC(国際捕鯨委員会)が設置されるとすぐにこれに加盟するが、資源はたちまちに枯渇し、1982年にIWCが国連の勧告を受け入れ商業捕鯨を中止(商業捕鯨モラトリアム)すると、日本の母船式捕鯨は完全停止され今日に至る。

以来、長年にわたって続けられた「科学的根拠に基づいた持続可能な商業捕鯨」との主張は、反捕鯨の主張に乗っ取られたIWCで受け入れられることなく、2014年には国際司法裁判所で日本の調査捕鯨が「科学を装った商業捕鯨だ」との原告側主張が認められ、日本の長年の主張は封殺される。

商業捕鯨再開に参加するのは、沿岸小型船捕鯨に携わってきた太地町漁協を含む6業者である。これまでも対象外だった沿岸のツチクジラなどの捕獲を行ってきたこれらの業者は、今後、規制対象だったミンククジラ捕鯨を再開する。一方、沿海海域(日本のEEZ)での沖合操業は、調査捕鯨母船「日新丸」を運航する共同船舶(東京)が手掛け、山口県下関市を基地にミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラの3種を捕獲するという。共同船舶というのは、かつての捕鯨大手3社だった大洋漁業(現マルハニチロ)、日本水産、極洋の捕鯨部門を引き継いだ会社。それが商業捕鯨再開の実態だ。同時に、南極海や北西太平洋での調査捕鯨は取りやめる。調査捕鯨は、もはや国辱ものの愚行であり即刻やめるべきだった。…それでいい。

従来、日本は捕鯨が、日本の食文化だとか伝統文化だとか主張し、世論の一部もこれを支持し、ある種のナショナリズムの色彩を強めていた。

しかし、そこには思い込みと、本当の歴史・伝統を知らない浅薄な勘違いが多い。

食文化というが、江戸時代以来育まれてきた鯨食は、主にセミクジラであった。尾身(おのみ)など今のものは、単にミンクなど他種の霜降り肉に過ぎず味や食感はまるで違う。沿岸のセミは乱獲が続き、江戸末期からすでに資源減少に見舞われていた。セミは沿岸に近づく事が多く、泳ぎが遅く、脂肪が多いために死ぬと海面に浮かぶことで、捕鯨が比較的容易だったからだ。とどめを刺したのは確かに欧米捕鯨国がマッコウの代替として油が良質で豊富な沿海のセミに目をつけて捕獲し出したからだが、資源減少は日本人がすでに自ら招いていた。

さらには、捕鯨の残虐性は古来から殺生を厭う仏教国の日本では忌み嫌われてきた。漁村では恵比寿信仰が伝わっていて、魚を引き連れる鯨の殺生および磯などの沿岸環境を破壊する捕鯨は忌とされてきた。捕鯨がある種の特権として取り引きされ限定されたのはそういう背景があり、大集団での命がけの捕獲は経済的にもリスクが大きく、漁業として広く行われてきたわけではない。戦後の日本が捕鯨大国となったのは、鯨油の輸出で潤ったからだ。工業用油脂は、何も鉱物油とは限らない。

大型海生獣類の鯨類は、厚い脂肪で覆われ銛で突かれても簡単には致命傷を負わない。絶命するまでには長時間を必要とし、暴れ回る。獣類の肉食に欠かせないのが血抜きである。死後、血液が体内に滞留すれば腐敗が早く獣臭くて食肉の価値が激減する。潜水時間が長時間におよぶ鯨類の血にはヘモグロビンが多く、つまり血が濃い。血抜きは重要な手順となる。だから鯨漁には、止めを刺す銛手と、絶命の瞬間に肺腑の急所を突いて血を噴出させる銛手がいて、最も危険な命がけの持ち場を担うことになる。

と、同時に、それは凄惨な殺戮の修羅場であり、あたり一面の海を血で染める。

沿岸沿海での日本の商業捕鯨再開は、日本の意地を示すことになったが、資源保護、環境保護、そしてホエールウォッチングなどの海洋観光などとの両立には課題も多いと思う。韓国など隣接国の密漁の実態もある。日本の主張の正統性を証明するには、いよいよ政府や産業の本気度が試されるし、国民の民度も問われる。



…そういうことを考えるきっかけにも本書はなった。

文体は、標題通り「深重」で重苦しい。作家というものは若書きの頃は、作風が重い。方言を過剰なまでに取り入れていることも読み難さの大きな一因になっている。一方で、資料を渉猟し尽くす津本の作風の原点というものも感じさせる、重厚冷血でリアリティに満ちた歴史小説にもなっている。読後には、晴れ晴れとした手応えを感じさせる。

傑作だと思う。



フォト


深重の海
津本陽
集英社文庫
8 0

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