昔から、相撲界で兄弟子は、
無理偏にげんこつと呼ばれている。
相撲の稽古では、げんこつなんて可愛い方で、
竹刀、青竹、丸太ん棒で殴り飛ばすのが伝統だった。
国技である相撲は、稽古という名の暴力の上に成り立ってきた、
といっても決し過言ではない。
稽古中に弟子が死亡した事件をうけてから
日本相撲協会は、暴力追放と声高にいっているが、
無理偏にげんこつは、いまだに続いているはずだ。
日馬富士の貴ノ岩に対する暴力、
貴公俊と貴ノ岩の付き人への暴力は、
その伝統の表れだ。
日馬富士は引退し、貴ノ岩も同じく引退を表明した。
なぜ、こうも暴力事件があとを絶たないのか。
それは、協会を運営する親方連中も、
同じように暴力のなかで育ってきたからではないか。
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