10回に渡って書き継いできた台湾旅行記の続きです。すっかり間が空いてしまい、とうとう年を越してしまいましたが、ようやく完結編です。

阿里山で御来光を拝んで、再び森林鉄道でホテルに戻り朝食を食べてから、早々にバスで下山しました。嘉義で新幹線に乗ったら、午後には台北に着いていました。あっという間のことで、高速鉄道のおかげで西海岸側の旅行はほんとうに楽ちんです。

旅行初日の台北は、もっぱら故宮博物館見学でしたが、最終日はゆっくりと街中の散策です。先ずは市内中心の二二八和平公園を歩いてみることにしました。

ここは元々は、日本統治時代の都市公園計画に沿って建設された台湾最初の洋式近代的公園で「台北新公園」と呼ばれていました。それが、1996年になって、当時の陳水扁台北市長(後に中華民国総統)によって二・二八事件で犠牲となった台湾住民を追悼する二二八和平紀念碑を建立し、公園の名称も現在の「二二八和平紀念公園」に改められたのです。

「ニニ・八事件」とは、日本の敗戦後間もない1947年2月28日に発生し、その後台湾全土に拡大した国民党政権による長期的な弾圧・虐殺の引き金となった事件のこと。闇タバコを売っていた女性に中華民国の官憲が集団で暴行を加え、これに憤って集まった民衆に対して発砲させ死傷させるという事件が起き、翌日の2月28日これに抗議する民衆がこの公園に集結しました。この事件を発端として台湾各地で抗議デモが起きましたが当局は徹底した武力弾圧を加えたのです。

当時は、まだ、国共内戦のさなかで、日本から統治を引き継ぐべく派遣されてきた国民党の軍や官僚たちは、いわば二軍の質の悪い連中で、治安の悪化や汚職の横行、軍人・兵士による暴行・狼藉など社会経済は混乱を極めていたのです。そういうものに対する憤懣が爆発したのが二二・八事件でしたが、これを機会に日本統治時代に育ったエリートや知識人は徹底的に弾圧され、次々と逮捕・投獄・拷問され、一部は日本や海外に逃れたもののその多くは殺害されるなど多くの犠牲者を生んだのです。
こうした経緯は、1989年に公開された侯孝賢監督の映画『悲情城市』に描かれ、この映画がヴェネツィア国際映画祭で受賞したことによって広く世界に知られるようになりました。私自身もこの映画で初めて台湾人の複雑な歴史的な心情を知ることになったのです。

この周辺は、いわば首都台北の霞ヶ関のようなもので総督府をはじめ政府関係の建物が散在しています。街並も整然としていてとても清潔です。台湾では、日本統治時代というものがとても中立的に扱われていて、こうした街並を歩いていると思いがけなく軍事博物館に出くわし、路上に並べられた旧日本軍仕様のキャノン砲にちょっとびっくりしたりします。

夜景に映えてライトアップされているのは蒋介石を記念する「中正紀念堂」です。この両側に対峙するように向き合って建っている二つの建物は、「国家戯劇院」と「国家音楽庁」。その純中国様式の外観からはちょっと想像しにくいのですが、中はシャンデリアなどで飾られる大劇場であり、コンサートホールなのだそうです。

確かに立派な建造物が並びますが、敷地の周囲を広くとっていてどこか威圧的なデザインは大陸の首都の雰囲気ともよく似ていて、社会主義的な大げささを感じてしまいます。ここまでいろいろ触れてきた庶民的であったり、日本人にも懐かしいようはレトロな雰囲気とは全く違う空間で、あまり居心地はよくありません。

夕食は、裏横丁の老舗といった風情の台湾料理店。知る人ぞ知る的な人気店でなかなか予約がとれないお店なのだそうです。
いかにも台湾ならではのフカヒレやアワビなど海鮮の食材や、庶民的な臓物料理がボリュームたっぷりに楽しめて、味も日本人好みで美味しい。

有名なのは佛跳牆(ファッティウチョン ぶっ飛びスープ)。高級食材の乾物を多用した壷で煮込んだ高級スープです。フカヒレや干し貝柱、干しアワビなどともに、白子や筍、そしてクワイなど庶民的な食材もごった煮になっているところが台湾風。


百合根や青菜、ビーフンなど下町の中華料理的な庶民料理もどれも美味しい。もちろんカラスミもいただきました。

圧巻だったのが、鳥のまるごとスープ。こってりとした白濁スープはいただいてみるとあっさりしていていくらでもお代わりしてしまいます。
あまりお酒は飲まない台湾人だそうですが、この日は珍しく宴席のご一行がいて乾杯、乾杯と大いに盛り上がっていました。それでも日本のように大声で騒ぐようなことはなくはた目にいかにも仲良く楽しそうで雰囲気を盛り上げてくれます。ところが、お開きになったところでこちらへやってきて「うるさかったでしょう?ごめんなさいね」とわざわざ挨拶するのがいかにも台湾人です。
こういう律儀なところが台湾の人々のとても素晴らしいところ。前回の日記にも書きましたが台湾人というのは、もはや日本人さえもが失ってしまった《公衆道徳》とでもいうべき他を思いやる美しき心遣いと、そういう共同・共通のルールとかコモンセンスとでもいうべきものをきちんと保っています。歩道を歩いていて、しばらくしてようやく気づいたのが「右側通行」の原則。誰もがふっと右側によけて道を譲り合うので、いわゆる「お見合い」みたいなことがありません。日本では自転車までもが右も左もなく自分勝手に走り回るという世の中になってしまいました。それが、ここ台湾では誰もが他を思いやって優しいのです。

翌朝は、台北駅にほど近いマーケット内にある朝粥屋に行ってみました。軽くて美味しい。

現地在住の通勤客と観光客が半々といった風情で、これまたとても庶民的。

空港までは、開通したばかりの空港線(桃園MRT)に乗って快適な空港アクセスでした。この空港線、実はこの日が開通二日目。つい前々日まではテスト運行ということで二週間ほどタダだったそうで、人々が殺到して台北駅に長い行列ができていたのです。
タダではありませんが、開通記念料金でこの日も半値でした。記念のクッキーを配ったりの大サービス。高架なので眺めもよくとてもスムーズな空港アクセスになりました。

ゆるキャラも登場。ちょっと便乗して記念撮影させてもらいましたが、この女の子、福原愛ちゃんに似ています。もしかしてご本人?
…というわけで、1週間にわたった楽しい台湾東西旅行は無事完結しました。いろいろと発見もあったし、何よりも楽しかった。また訪れてみたい台湾です。「ふたつの中国」という問題を抱える台湾。ある種のダブルスタンダードの特殊性のなかに存立している国家ですが、私たちもあの大震災で世界で一番暖かく支援してくれたのが台湾だったことを忘れてはなりません。正統性や国際関係の今後は安易に考えるべきではないですが、『台湾はいまのままの台湾であってほしい』と願ってやみません。
(終わり)
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