滋賀の大津、びわ湖ホールに遠征してエベーヌ弦楽四重奏団を聴いてきました。
びわ湖ホールは、以前から一度訪れてみたかったホール。家族旅行のついでにちょっと足を伸ばしてみることにしてみたのです。オペラ上演の日取りには合わせることができず、小ホールでの室内楽公演となったのはちょっと心残り。
それでもこのホールの素晴らしい立地には感銘を受けました。京阪神地区としては縁辺になりますがJRや京阪電車のアクセスもよいし、何よりも琵琶湖湖畔に立地するこのホールは、さながらスイス・ルツェルンのコングレスセンターをも思わせる景観の素晴らしさです。石山や坂本の史跡や景勝地にもほど近い。
コンサートは、たまさかですがエベーヌ弦楽四重奏団。
この新進気鋭のカルテットのことは、そのクロスオーバーなパフォーマンスなどそれなりの予備知識はありましたが、決して具体的なイメージは持っていたわけではありません。プログラムは案の定、前半はモーツァルトとベートーヴェン、後半はジャズ、というもの。期待と疑心とが相半ばするというのが正直なところでしたが、旅程に合わせざるを得ない出会い頭的なコンサートがもたらすハプニングも悪くありません。
実際、それはとても素晴らしいコンサートでした。
モーツァルトの「短調」は、寡作ですがいずれも哀愁漂う名作ばかり。弦楽四重奏のK421もそういう名品で、私はデビュー間もなかった頃のアルバン・ベルクQの「ハイドン・セット」を買い込み、このディスクばかりをそれこそ擦り切れるほど聴きました。そのアルバン・ベルクQの生音の初体験でもこの曲でした。
ホールのアコースティックは、響きがややドライですが決して冷たいわけではなく、直接音が多めで現代的な輪郭のはっきりしたクリーンな音がします。それがエベーヌのスタイルによく似合います。力強く速く長いボーイングですが、柔らかい触感でとても叙情的なモーツァルトにはっとさせられます。淡々としたアンダンテを経て、あの優雅で凜としたソロバイオリンが舞踏的に跳躍するメヌエットは、内々に激情を秘めていてふつふつと熱くそれでいて高貴。こういう楽章毎に性格を際立たせる演奏はとても斬新。本当に新世代の音楽を感じさせる新鮮なモーツァルトです。終楽章の《遊び》も徹底しています。
ベートーヴェン第11番目の弦楽四重奏曲は、後期への転回点にあたる時期の作品。
ベートーヴェンは常に新しいもの、革新を求め続けた作曲家ですが、エベーヌの第一声を聴くとそのことを改めて思い知らされるような気がします。面立ちの変化がくっきりと浮かび上がり、奇怪なまでの相貌で突然現れた失踪者のような音楽です。「セリオーソ」(=“serious”)は、その第三楽章につけられた楽想用語ですが、作曲者自らこの曲全体の標題にしています。貴族のたしなみのような位置づけの弦楽四重奏曲とはちがった『真剣』な音楽だ、そういう覚悟を持って『真面目に』聴いて欲しい…というベートーヴェンの決意のようなものを感じるのです。
動機的な音型素材は短く端的で、それを打撃的に執拗に繰り返す手法は、いかにもベートーヴェンですが、そのことはあの「運命」交響曲以上に徹底していてしかも執拗なほど。そしてそのことをラディカルなまでに徹底してやっているのがエベーヌのパワー。そのグルーブ感覚は、まさに「ロール・オーバー・ベートーヴェン」。
頻々と面貌を変化させ、叙情的な表情を見せたかと思うと、奇怪な相貌が突然現れたり、そういう顔立ちや表情を自在にしかも瞬間的に変換させ、それを繰り返していく…それがこの弦楽四重奏団の真骨頂であることは、後半のジャズ・プログラムを聴く前にも明らかです。
「変臉(へんれん)」とは、中国四川(しせん)の伝統演劇「川劇(せんげき)」を特徴付ける技法で、顔に付けた面を瞬時にしかも千変万化に変えること。「変面」とも呼ばれます。
ずいぶんと以前になりますが、『變臉 この櫂に手をそえて』(“The King of Masks”)という香港制作の素敵な映画がありました。川劇の老役者と幼子の物語で、とても切ないお話しは涙なしでは観られませんが、中国の伝統演劇の力強さも実感させる名画でした。エベーヌは、クラシックの伝統を踏まえた、まさに「変面の王」とでもいってもよいのではないでしょうか。
後半のジャズ・プログラムは、彼らのそういう多彩で自在な音色や和声、リズムの変貌・変化の多芸ぶりを存分に楽しませてくれました。司会役のチェロのラファエル・メルランのピッチカートは、ダブルベースというよりは音域的にオクターブ上のエレクトリック・ベースですが、まさに聴いているとそういうエレキベースのピッキングに近い。
今回の来日では、ヴィオラのアドリアン・ポワソーが故障で参加できず、マリー・シレムが唯一の女性奏者として代役参加。小澤征爾スイス音楽アカデミーにも参加していたこの女性がコケティッシュなノリで実にチャーミング。
そのジャズ・プログラムで、強烈な印象を受けたのはアンコールの「リベルタンゴ」。ピアソラは、クラシックでもしばしば取り上げられますが、エベーヌのそれは合奏だけに実に鮮烈で客席が沸騰せんばかりの興奮に包まれました。執拗に扇情的なまでに短いフレーズを繰り返す音楽は、実は、前半のベートーヴェンと見事なまでに符牒が合わせてあったのだと気づいたのは、会場を出てから琵琶湖湖畔の風に吹かれて熱い感情を冷ますことができてからのことでした。
<室内楽への招待>エベーヌ弦楽四重奏団
2017年10月8日(日) 15:00
滋賀県大津市 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール/小ホール
(P列12番)
モーツァルト:弦楽四重奏曲 第15番 ニ短調 K.421
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調「セリオーソ」 op.95
(JAZZ)
ウェイン・ショーター:フットピリンツ
エルメート・パスコアール:べべ
マイルス・デイヴィス:マイルストーン
セロニアス・モンク:ラウンド・ミッドナイト
〜エロル・ガーナー:ミスティ
チャールズ・ミンガス:フォーバス知事の寓話
ブラッド・メルドー:報われぬ思い
ウェイン・ショーター:アナ・マリア
エデン・ア・ベ:ネイチャーボーイ
(アンコール)
アストル・ピアソラ:リベルタンゴ
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