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2017年07月03日19:13

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ブッフビンダーとバイエルン放送響 (チューリッヒ・ミュンヘン音楽三昧 その6)

チューリッヒからミュンヘンには空路でひとっ飛び。余裕をもってミュンヘンに到着。

まずはネットで予約したオペラのチケットを取りに行きます。ボックスオフィスは歌劇場の裏手にある別の建物にあってちょっとわかりにくい。

ミュンヘンの第一夜は、今回の旅行で唯一のシンフォニーです。いつもどうしてもオペラが最優先となってしまうヨーロッパ音楽旅行ですが、今回はどうしても聴きたいコンサートがありました。それが、ヘラクレスザールでのバイエルン放送交響楽団のコンサート。

ヘラクレスザールは、ヨーロッパ屈指の名ホール。音響のよいことで知られ、ピアニストのポリーニなどは録音会場としてここを頻用しました。内田光子もフィリップス・レーベルで録音しています。

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オペラのチケットを受け取った私たちは、ヘラクレスザールの場所を確認しておこうとレジデンツ内やその外縁を探しますがなかなか見つかりません。関係者ふうのひとに尋ねるとすぐそこだと指さされて、その方向を目指して歩いて行くとあやうく行き過ぎるところでした。それほど入口は目立たない。

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本来は、ホーフガルテンに面した側が正面入口なのですが、コンサートホールの玄関としてはいたって地味。《普段は使用されない王宮の脇玄関》という風にしか見えません。

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実は…

同楽団の本拠地として長く使われてきたにもかかわらず、このホールはいわば「急ごしらえの代用品」。ベルリン・フィルと双璧の実力と言われるバイエルン放送響ですが、大きな泣き所となってきたのが演奏会場。創設は、戦後間もない1949年のこと。定期演奏会の会場となる大ホールがなく、戦災で破壊されたレジデンツ(王宮)の再建に合わせてヘラクレスザールが急ごしらえで設置されました。これが屈指の音響に恵まれたのは皮肉ですが、客席数が1,270と小ぶりで、楽屋や事務局スペースがあまりに狭く高額出演料の人気ソリストを起用するには採算をとりづらいことが悩みの種でした。

市内には複合文化施設「ガスタイク」の大ホール(2,387席)がありますが、ここはそもそももうひとつのオーケストラであるるミュンヘン・フィルの本拠地。しかも1985年に完成したこのホールは、音響がいまひとつで良い音で聴ける席が極端に少ないために「世界で一番小さいホール」と酷評される始末。ステージ上の音響もよくなくて「遠い位置に座っている同僚の音が聞こえない」のが実態。その上、間借り人の立場のバイエルン放送響は、本番前の練習時間がなかなか確保できないという状況に置かれていました。バイエルン放送響にとって本拠地となる本格的な大ホールの建設は長年の宿願となっていたのです。

現在の首席指揮者はヤンソンスですが、2003年の就任記者会見で「自前のホールの建設」を「公約」に掲げます。ヤンソンスは公約通り、苦心惨憺の交渉や財源確保に奔走してようやく2013年に新ホール建設決定にこぎ着けます。その信念を支えていたのは、日本の音響設計の成果だったと言います。彼が理想としてあげたホールは、サントリーホール、愛知芸術劇場コンサートホール、札幌コンサートホール・キタラ、ミューザ川崎シンフォニーホール。これが「私にとって理想のホールで、ミュンヘンにも同水準のホールがほしいと長く、願ってきた。」と発言しています。

ドイツ国家統一の経緯からバイエルンは、プロイセンの首都ベルリンにはことさらの対抗意識を持っています。そのミュンヒナーを泣いて喜ばせたのが、ベルリン・フィルを蹴ってバイエルンに留まると宣言したヤンソンスの言葉です。ヤンソンスは、ベルリン・フィルの次のシェフとしてラトルの後任争いに名が上がっていましたが、それを自ら一方的に断ち切るようにバイエルン放送響の首席指揮者に留まることを宣言します。その理由として、「自分がベルリンに去れば、せっかく議論を重ねてきたホールの問題が立ち消えになる。信頼関係を損ねることはできない」と明言しています。

新しい施設が完成するのは2021年ということでとても楽しみですが、完成すればヘラクレスザールでのコンサートの機会は激減するでしょう。だから、私としては憧れのホールのひとつであるヘラクレスザール体験は悲願でした。しかも、たった1,000席余りのホールで世界トップのバイエルン放送響を独り占めにできること。それが夢でした。



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いよいよコンサート前。はやる気持ちを抑えられず早めにホールに着きましたが、確かにそこが目指すヘラクレスザールなのかと一瞬疑ったほど中はがらんどう。奥のホワイエでしばらく待っているとようやく人々が集まり出しました。

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前半は、ブラームスの2番のピアノ協奏曲。ソリストは期待のブッフビンダー。

私たちの席は、この日も2列目の中央。かぶりつきのど真ん中。

ブッフビンダーを聴くのは初めてでした。もともと渋い存在で日本でその名が聞かれるようになったのは今世紀、しかも盛んに来日するようになった2010年代に入ってからではないでしょうか。欧州でも今もっとも聴いておきたいピアニストというように言われていて、いったいどんなピアニストかとこの機会をほんとうに楽しみにしていました。

さりげない開始で第一楽章が進みます。初めは何か肩すかしを食らったような気分です。何も起こらないし、巨匠のオーラもない。どこかのホテルのロビーで弾いている流しの音楽家のような雰囲気です。ところがいつの間にか無心に音楽に聴き入っている自分に気がついてはっとしました。気恥ずかしいことを言いますが、何て誠実で愛と喜びに満ちたブラームスなんだろうか。

技巧的にもかなり難易度の高い曲ですが、その顔には柔らかな笑みを浮かべ、軽くハミングを口にするようにいかにもブラームスを弾くことの楽しさ、喜びを隠しきれないというかのように手を動かしている。何か特別なことをしているようにも思えないのですが、そのアーティキュレーションがとても心地よく、時折、オーケストラを見やりながらふっと間合いを伸縮させて迎え入れたり、促したり。あの美しいチェロのソロにも温かい視線を送り続け、ふっと呼吸を乗せるようにそれをさりげなく受け継いでいく。そのことは聴いている私たちにとっても同じ。柔らかくてさりげないアッチェランドなどがふっと心に揺らぎのようなものを与えてくれる。次第に私たちの呼吸が彼のピアノに同調してしまっているかのような気さえしてきます。ブラームスの誠実な人柄そのままの音楽。もちろん会場の拍手も暖かで、熱狂というのとは無縁ですが、とても息の長い喝采が続きました。

休憩時間には、ロビーに現れて気さくにサインに応じていました。家人はプログラムにちゃっかりサインをもらっていました。

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後半は、プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」。

バイエルン放送響の最高のサウンドと、ヘラクレスザールの最高の響きを堪能しました。

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ホールの1/3も占めるステージにぎっしりの大編成での大音量でありながら、この小さなホール空間が飽和するということがありません。かぶりつきの席でありながら、音が頭上を抜けていくということがなく、後方の管楽器群の音も明晰でしかも微かな甘味と旨味のような響きの艶がのっているのです。ポリーニがこのホールを好んだのもよくわかります。グランカッサの低く地を這うような響きも、トゥッティの大音量であっても身を包まれるような感覚に心が満たされます。

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木管の精妙な音色も突き抜けるような金管も、キレキレの打楽器群のリズムも、そして扇情的なまでの弦楽器のハーモニーも、要するにプロコフィエフのこの曲の魅力を余すところなく堪能しました。世界一のオーケストラをその本拠地で聴いているという、そのことの幸福感に陶然とさせられるほど。

指揮は、ラハフ・シャニという気鋭の若手。1989年生まれというからまだ20代。2013年のマーラー国際指揮者コンクールで優勝。15年11月、ウェルザー=メストの代役としてウィーン・フィルでマーラー「巨人」を指揮しスタンディング・オーベーションを受けたとか。

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正直言って、この指揮者の技量はまったくわかりませんでした。演奏は、ブラームスもプロコフィエフも、いずれも今まで聴いた演奏でも最高のもの。けれども、指揮者がいなくともそういう演奏だっただろうというふうに思えてしまうからです。

実際、ブッフビンダーは弾き振りをするピアニストですし、プロコフィエフの完璧なアンサンブルは、かえって指揮者の存在を感じないほど。プロコフィエフでは、曲と曲との間合いは、コンサートマスターのアントン・バラホフスキーの目配せを確認してから構えるというシーンもしばしば見られたのです。

それでも曲が進むほどに、そのリーダーシップはどんどんと積極的で確かなものになっていきます。プロコフィエフのいかにも複雑で精妙な響きの場面でも完璧な管理能力を示し、とくに複雑なリズムでの采配は冴えに冴えます。やはり素晴らしい才能なのだと感じます。もちろん、聴衆も熱狂的な拍手喝采を送っていました。

とても幸せな夜でした。

欧州の名だたるオーケストラとその本拠地である名ホールを踏破するという私の夢も、これで一区切りということになります。

(続く)




バイエルン放送交響楽団 定期演奏会
2017年5月26日 20:00
ミュンヘン ヘラクレスザール

ブラームス:ピアノ協奏曲第二番変ロ長調 作品83
プロコフィエフ:バレエ音楽「ロミオとジュリエット」組曲第1番、第2番

ピアノ:ルドルフ・ブッフビンダー
指揮:ラハフ・シャニ

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