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2017年04月21日16:02

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『あんなに美味しいワンタンは食べたことがない』 (台湾旅行記 その4)

台湾旅行3日目、私たちは台北から東海岸の花蓮を目指します。

台北から高雄まで南北を貫いて新幹線が走る西海岸とは対照的に東海岸はとても不便。在来線の東部幹線が走っているのですが、台北からは宜蘭まで行って北廻線へと乗り継いで行くことになります。

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それで大人気なのが特急「太魯閣」号と「プユマ」号。

まるでロマンスカーのようなデザイン。それもそのはずで、カーブの多い東海岸路線を高速で走る「プユマ」号は、車体傾斜装置を装備した日本メーカーの車両が使用されています。車体傾斜装置のなかでも最も基本的な空気バネ式。そもそもは小田急と住友金属(現・新日鉄住金)や三菱電機などによって開発されました。「プユマ」号は、日本車輌・豊川製作所で製造されたものでロマンスカーと兄弟車両なのです。

その人気は大変なもので、台湾でも切符を取るのが難しいということで有名。

実は、台湾の鉄道チケットはインターネットで日本でも簡単に取れるのですが、こと「太魯閣」号、「プユマ」号に限っては発売の瞬間に売り切れてしまいなかなか取れません。私たちは何とか帰りの切符は取れたのですが、台北から花蓮への行きの切符が取れていませんでした。取れなかったらローカル列車を乗り継ぐかバスで行こうと覚悟を決めていましたが、台北に着いてすぐに駅のチケットオフィスに並んだらラッキーなことにほぼ希望の時間の「プユマ」号が家族3人分取れました。行く先々でそのことを話すと、台湾人はみんな一様にあきれたように驚いていました。

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台北駅のプラットフォームは地下にあります。

台北からさらに北の基隆まで線が延びているので、台北はターミナルではなく通過駅になります。ホームを次々と列車がやってきて乗客が乗り降りして出発する。ホームはとても混んでいますが、雰囲気はあまり日本と変わらないので外国に来たという気がしません。

ベンチの隣に座ったおじさんは、最初は新聞を広げていましたが、どうやら私が日本人と気がついたらしく話しかけてきます。言葉は互いにほとんど通じないのですが、身振り手振りでなんとか言っていることはわかります。気になっていた空港への新しい地下鉄のことを聞いてみたら、どうも直前に開通したようです。でも「デーンジェラス」なんだそうで、その本当の意味は後でわかりました。

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さていよいよ列車に乗り込み、出発です。

車内は、明るく清潔でとても快適です。何しろメイド・イン・ジャパンなんですから坐り心地から何から何までしっくり来ます。ちょっと違うのは色づかいぐらいでしょうか。台湾人は、やっぱり赤がお好きのようです。

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二時間半ほどで、花蓮の駅に着きました。

花蓮は、日本人が大勢棲んでいたところです。懸崖に阻まれる東海岸の陸路は不便でなかなか開発が進まず、港が建設されどうにかこうにか海岸沿いの耕地が開拓されたのは日本の統治時代になってからのことだったのです。

私たちは、駅に着いて荷物を預けると、昼食の場所を探すことも兼ねて探索の町歩きに出かけました。予約したホテルの送迎バスの時刻まではまだ時間があります。

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町のそこかしこに、ちょっと懐かしい雰囲気の古い建物や木造の住宅が並んでいる地域があります。そういう日本風の古い家屋は、ちょっとリノベーションして喫茶店や小物を売るショップ、あるいはちいさな宿になっているところがほとんど。

思ったよりも大きな町で、お目当てのワンタンのお店まではずいぶんと歩きました。着いてみると長蛇の行列にびっくり。

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1時間近く待たされましたが、食べてみるとやっぱり並んだかいがありました。本当に美味しい。

狭い店内は、家族連れや旅行客でぎっしり。相席は当たり前ですが、私たちと同じテーブルに座った若いカップルは、食べながら何やらひそひそ話していましたが店員に醤油とラー油の瓶を持ってこさせてそれをぶっかけています。“That's a good idea!”と言うと、とたんにうれしそうにニッコリしていました。

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その若いカップルは、どうやら韓国人だったようです。一瞬、それが基本流儀かと思いかけたのですが、周りを見渡すとほとんど誰もそういうことをしていません。確かに味は薄塩で淡泊ですが、スープの旨味があって美味しい。結局、そのまま全部食べてしまいました。こんなに美味しいワンタンは食べたことがない。

それで、ふと思い出したのは大学時代の同級の女の子のこと。

彼女は、華僑の子弟。

私が大学へ入学したのは、田中角栄首相が電撃訪中して日中国交正常化が実現した年の直前のことでした。日中国交正常化というのは、「ひとつの中国」という原則のもとに、台湾切り捨てと同義でした。

彼女は、台湾国籍でしたから、そういう歴史の転換で翻弄されたひとりでした。家族にとっては苦渋の決断でしたが、結局、中華人民共和国国籍へ国籍変更することになります。そういう政治的なイベントの一環として、彼女は在外華僑の訪中交流団に加わって、生まれて初めて家族のルーツである福建省を訪ねたのです。

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都立高校を卒業して大学に入るまで、中国語がひと言も話せなかった彼女ですが、一族の故郷を訪ねて帰ってきた感想を聞いたら、「ワンタンが美味しかった。あんなに美味しいワンタンは食べたことがない。」というひと言だったのです。

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食事に時間をかけてしまったので、私たちは慌ただしく駅に戻ります。すっかり歩き疲れてしまったこともあって帰りはタクシーです。

さて、いよいよ私たちは花蓮から迎えのマイクロバスで1時間ほどのホテルに向かいます。

(続く)
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