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2017年03月22日22:51

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秋のない音(マイクキタ邸)

変わらぬWEへの愛情を貫き通されているベテラン中のベテランであるマイクキタさんのリスニングルームをUNICORNさんとともにお訪ねしました。

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およそ2年振りの訪問となりましたが、相変わらず意気軒昂そのもので、アンプもスピーカーも、アナログプレーヤーもがらりと入れ替わっていたのには驚きました。失礼ながら私よりもかなりの大先輩ながら、文字通り「日々是新たなり」を地で行くようなオーディオ人生で、しかも、全てが手作りでの変更でパーツその他も持ち合わせのなかでのやりくりでほとんどお金はかかっていないというのですからなお驚いてしまいます。

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先ず驚いたのは、いろいろ紆余曲折があったものの名器といわれたユニットを組み合わせた《WE-555/WE-14A horn》の影も形もなくなってしまっていたこと。ウーファ側がWE-728Bをフロントロードの密閉箱とごくごくシンプルな趣きのなかにスタイリッシュな面持ちなのが見ても心地よく、それだけにWE-597Aの小気味よいツィターがよく似合っていて、そこにYL-800をパラっていて20KHzまでの可聴帯域を十分にカバーさせているのは、やはりオーディオとしてのこだわりなのだと思います。クロスも6dB/octというのもユニットの素性の良さを活かすということで理にかなっています。

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今回のイベントのキモは、アンプの比較検聴。

マイクキタさんのファイナルアンサーとしてこだわり抜いた結果が、RCA245による単段シングルアンプ。その比較は、WE350Bのプッシュプル。

単段アンプとは、入力トランスでレベルを上げて出力管をドライブするというシンプルの極みともいうべき回路で増幅素子は出力管1本のみというもの。回路は「管球王国」の新忠篤氏の記事を基本的に踏襲したものだそうです。まさにワイヤーに、真空管1本と入出力トランスという3つの素子を直列に入れただけという回路。新氏はここのところ単段アンプ一辺倒で、私も何度か試聴会で新氏の単段アンプを聴いていますが、素直で飾らない自然体の音でお酒に例えれば仕込み水そのままという感覚。それだけに球やトランスの色合いをよく出す回路だと言えます。

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45という真空管は、1930年代初頭に登場しかつてはラジオや電蓄によく使われたものでポピュラーな直熱型3極管で、ある意味ではありふれた存在だったわけですが名球の誉れ高く、今や状態がよくロットや特性のそろったものはなかなかなくてとても稀少なもの。なかでもRCA245は優美な姿のいわゆるナス型でその繊細なガラスの手触りが真空管コレクターを魅了する垂涎のアイテム。小出力なのでその貴重な真空管を実際に活かすのは現代では難しいのですが、それを実際にマイ・アンプとして鳴らしてしまうのがマイクキタさんのこだわりなのです。

私が到着した時にはすでにUNICORNさんがいらっしゃていて、ジャズソースを中心に一通り比較試聴を済ませておられていました。それでさっそく私の感想を聞きたいとのことで、クラシックを中心に聴かせていただきました。お二人の熱い視線を一身に浴びて、あまり軽率なことは言えないとちょっと緊張してしまいましたが、それ以上に比較の判断をすぐに口にするのがはばかられてしまいました。何度か、くり返し、アンプを切り換え切り換えしていただいての感想です。

まず245アンプを聴き終えて、次に350B/PPの出音を耳にした瞬間にあっと思ってすっかり考え込んでしまいました。実は心の中ではその瞬間に245に軍配を上げていたのですが、それをどう分析して何と表現したらよいのかわからなかったのです。

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350B/PPもとてもよいアンプです。一聴したところはむしろこちらのほうが帯域が広く、解像度も高いと感じます。むしろ現代アンプに一歩も二歩も近くて、そういう現代オーディオに慣れた耳には親しみのある音がします。オーディオの音に『進化論』のようなものがあるとしたら、350B/PPにそういう進歩を感じてしまいます。もし私たちがふだん聴いている音と近いのに、それが劣ると感じるのだとしたら、いったいそれはなぜなのだろうか?そういうことを何度も切り換えて聴きながら確かめていたのです。

その差とか違いはとても微妙なのですが、350B/PPにはわずかにどこか音が華やかで白っぽく、とり澄ましたようなところがあります。例えてみれば、白熱灯とLEDとの違いでしょうか。245アンプのほうがくつろげるし、何よりも音楽との距離が近い。ずっと音楽を聴いていても飽きが来ない。

それがどこから来るのかがよくわからないのですが、周波数特性とか歪み率といった数値的なものとは明らかに違います。あるいは解像度、情報量というような何となく数値的であるような主観的印象論とも違います。おそらく音楽的な帯域の中心がとても自然でしっかりしているということなのだと思います。

古い音、新しい音というような二元論とは違います。

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ふたつのアンプの聴き較べはそもそもワディアのCDPによるCD再生で行いました。比較試聴の後は、LPも含めていろいろなソースを聴いてみました。例のディアゴステーニの「カインド・オブ・ブルー」や「モーニン’」も鳴らしてみたところ、鮮明でなかなかの音がします。ジャズのベテランUNICORNさんに言わせると、質的にはむしろオリジナルよりも良い。けれども、やはり現代の音の好みに合わせた音味、作り込みがしてあるとのこと。アナログディスクは、カッティングからスタンパまで機械加工やメッキ工程を含むためにマスタリング段階でのチューニングが避けられません。マイクキタさんのシステムはそういう聞き分けがはっきりとできるのです。

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『CDでこれだけの音が得られたことはアナログ盤でも同様もしくはそれ以上の音が聴けることだろう』とはご本人の自賛の弁です。まさに天晴れというしかありません。

いろいろ聴いたなかで、最も感動したのがこれ。私が持ち込んだモノLPのなかの一枚です。

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最近、リストにはまっている私ですが、物心ついてからン十年の人生でこのディスクからこれほどの感動を覚えたことは初めてです。ルービンシュタインは、長大なキャリアを誇りましたが、私にとっては技巧の衰えた晩年のいささか商業主義的な演奏映像の印象が強く、古臭い録音にしか思えなかったこのディスクを私自身あまり顧みることはなかったのです。マイクキタさんも、UNICORNさんもこの盤に針を落としてしばらくしてから急に寡黙になられててじっと耳を傾けておられました。峻烈で力強い打鍵、華麗かつ繊細な高音のアルペジオやスケール。深く沈潜する哲学的な低音。1950年代半ばのモノーラル録音にこれほど鮮烈な音が入っていたのかとしばし唖然としたほどです。そしてそれは、私が自分のシステムで目指している音そのものでもあるのです。


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東京の開花宣言が全国一番乗りとなりました。

お江戸の昔から、花見といえば団子。花見団子といえば三色団子です。その色が象徴するものは春のことだと言われています。「草芽吹く大地・春霞の空・春の陽光」。あるいは一説には3つの季節のことだとも言われています。「蓬(夏)・残雪(冬)・桃(春)」。ここにはなぜか秋がありません。黄昏れていく秋の季節というのは花見にふさわしくない。

あるいは、「秋が来ない=飽きない」のことだとも。

いささかこじつけのダジャレですが、いつまで見ていても興趣の尽きることのない満開の桜花の美しさ。それがマイクキタさんの新作アンプにふさわしいと思いました。
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