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2017年02月06日01:14

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ステレオかモノラルか(UNICORN邸訪問記)

久しぶりにUNICORNさんのところにお邪魔しました。

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UNICORNさんはたいへんなジャズフリーク。そこでこの日は、卓抜したジャズレコード愛好家であるKさんをお誘いしました。

UNICORNさんのシステムは何と言ってもそのHNにもなっているジャーマンフィジクス社のUNICORNというスピーカー。360度無指向性のユニットのフルレンジ1本で低音を過不足なく再生する奇蹟のようなスピーカーシステム。キャビネットは美しい木製のもので、あたかも小さなDDDユニットを載せているだけの家具のようにシックなたたずまい。それで熱いジャズを再生するのですから不思議というのか、あるいは羊の皮を被ったオオカミというのか。

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ソンデック LP12にオルトフォンのアームとSPU-GT、プリはマランツ・モデル7レプリカと是枝アンプ(KT88シングル)というオール真空管。そのこだわりは凄いのですが、それをハイエンド的な凄味というよりはスタイリッシュなラインナップと思わせるところが、ジャズフリークというある種のやかましさのイメージとはまったく真逆の位相。クォードの小さなアンプでソナスのミニマを鳴らしているKさんとはきっとどこか通じ合うものがあるに違いないと確信してのお引き合わせでした。

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まずは、おいしいコーヒーをいただいてひと息入れます。実はこんな手順もKさんとまったく同じなのですが、私は何も言わずにちょっとにんまりとしているだけ。UNICORNさんはどんなディスクをプラッターに載せてみようかとKさんにリクエストを求めながらさぐりを入れていきます。そういうふたりの対話は、私にはちんぷんかんぷんですが、そんな駆け引きをすぐにふたりは楽しそうに喜んでいます。どんなディスクがかかったのかは、ジャズには不案内な私の能力を超えるので省略させていただきます。

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UNICORNさんがかけたディスクは全てステレオ盤。

モノーラルとステレオの両バージョンがあるアルバムでもあえてステレオ盤を選択するのがUNICORNさんの流儀というか主張になっています。ジャズフリークには根強い「モノ信仰」があって、モノ盤が絶対にステレオ盤に優るとの常識のようなものがある。エネルギー感とか音色の厚み、図太さみたいなものはモノ盤からしか出ないというような共通感覚こそがジャズ好きの証しのようになっている。そういう人々にここであえてステレオ盤を聴かせてその鼻を明かすというのがUNICORNさんの自慢にもなっているというわけです。

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実は、Kさんもモノーラル再生の披瀝になると期待して、持ち込みディスクはほとんどがモノーラル盤だったと笑っておられました。聴かせていただくディスクは、ジャズオーディオが陥りがちな人を驚かせるような邪心は微塵も感じさせず、しかも、ベースやリズムセクションのワイドレンジで切れのよさで存分にスイングしていて、サックスのブローもプレーヤーそれぞれが雄弁かつ情感たっぷりに聴かせてくれて絶好調。私は、初めてここを訪れたときの興奮を久々に感じてしまいました。

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UNICORNさんがかけてくれたクラシック盤は、クレンペラーの「マタイ受難曲」。

ちょっとこれには曰くがあるのですが、それはとにかくUNICORNさんはクラシックもよく鳴らそうとここ1年ほど工夫に工夫を重ねてきたとのこと。今回、それをクラシック派の私に確かめさせようというわけなのです。実際、その大きな進化ぶりにほんとうに驚きました。

前回は、結果的にはGRFさんが持ち込んだオリジナル盤と国内盤の質の違いが大きくクローズアップされただけに終わりましたが、音場や空間に重きを置くクラシック音楽のステレオ再生としては音の拡がりや立体的な定位感に乏しかったのです。

「マタイ」というのは、単に編成も大きい大曲というだけではなく、教会での演奏を意識した構成となっていてステージともなる聖壇をはさんで二群の合唱が配置される二重合唱曲。それにともなってオーケストラも二群に分けられて左右に配置され、児童合唱の聖歌隊を加えるなど、立体再生に本格的に取り組むには格好の音楽なのです。

聴いたのは前回と同じく最初の序と合唱「来たれ娘たち」ですが、前回は音がユニットの中央に集まりがちで左右の拡がりに乏しかったのです、ところが今回は左右のユニット外側まで響きが拡がり、「彼を見よ!―誰を?―花婿を」「見よ!―何を?―忍耐を!」といった左右の掛け合いが見事なコントラストと緊迫感を引き出し、中ほどから児童合唱が歌うコラールが見事に分離して聞こえて信仰の高揚感を与えるという壮大な音楽になっています。

驚いたのが通奏低音群(バッソコンティヌオ)の定位。

前回は中央やや左寄りに聞こえたので、クレンペラーはこのパートを二群に分けず指揮者の前の中央に配置するという初期稿の形をとったのかといぶかっていたのですが、今回ははっきりと右手の第�儀欧涼罎曚匹�ら聞こえたのです。私はクレンペラーの演奏を持っていないので、彼がバッハのどういう稿を用いて再現しているのかわかりません。少しだけかじっただけの思い込みを覆されて衝撃を受けてしまいました。これは全体にわたってきちんと聴いてみないといけません。



私が持ち込んだのは、女流ヴァイオリニストのローラ・ボベスコ率いる弦楽オーケストラのバロック音楽集。

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ベルギー派の巨匠イザイが編曲したパガニーニの有名なテーマによる変奏曲。弦楽オーケストラの超絶技巧曲というわけなのですが、その難技巧が運指や弓遣いの単なる複雑さというにとどまらず、フラジオレットやダブルストップといった重音、倍音の多彩な音色の技術を駆使していることをつくづく思い知らされました。LPレコードから、これほど色彩豊かな倍音が聞こえることに驚いたのです。


もうひとつ持ち込んだのディスクは、何とこれがこの日に再生された唯一のモノーラル盤でした。

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私の意図は、クラシックの1950年代半ばのキャピトルレコードをお二人に聴いていただこうという趣向でした。まだまだウェストコーストサウンドというものが確立していなかった時代ですが、特にエスタブリッシュメントが東部に偏っていた当時のクラシックのキャピトル盤の音がどういうものか…という謎かけです。

ところが、これは案に相違して思うような音では鳴ってくれませんでした。

本来は、いかにもハリウッドらしい機材に贅を尽くした艶やかで豊かな音色がするのです。ところがUNICORNさんのシステムをもってしてもそういうリッチさが感じ取りにくい。これはどう考えても、モノーラル盤をステレオカートリッジでかけているせいだと推定せざるを得ません。確かに、モノとステレオ併売時代であればステレオで聴くのが正解なのでしょう。ところがやはり“モノーラルはモノーラルで聴け”…なのです。

歩いて1分も離れていない、おいいしい焼き鳥屋で三人で大いに盛り上がったところで、UNICORNさんにこのことを申し上げたらちょっと頭を抱えていました。

LP12だけにダブルアームや、もうひとつターンテーブルを置くことは考えたこともない、というのは全くその通りでしょう。あのように繊細極まりないチューニングを積み重ねていると、ヘッドシェルの交換だけでもそれが積み木崩しのように壊れてしまいそうだとも思います。でも本来ユニヴァーサルアームというのはオルトフォンのために考え出されたもの。重針圧でダイナミックバランスであればシェル交換型の弊害は小さい。慣れればシェル交換はそう手間ではない。恐らくオルトフォンのカートリッジはそういう相互の互換性を配慮しているのではないか?…というのが私の主張です。

はてさて、どんなことになることやら。
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