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2016年07月30日16:44

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「武満徹・音楽創造への旅」(立花 隆 著)読了

とてつもない内容である。そして、とてつもなく面白い。

「文学界」に1992年から1998年にかけて5年11ヶ月にわたって連載されたものを、ほぼ雑誌掲載時のままにまとめられたもの。連載終了後に単行本として出版される予告がなされたが、ついに18年間も出版されないままにおかれた。それが今になって突然出版されたことの身辺事情については「おわりに」にあるが、実は、今年2016年は武満徹没後20年の節目でもある。20年という長い空白と不在の時を経たことは、武満の音楽とその芸術、思索と生き様を振り返るのにほどよい熟成の時を得たのだとも思う。

評伝というには余りに雑多であり、そうした書籍には欠かせない索引も引用文献も、年表もない。あるいは音楽論、現代音楽への解説書というような系統だった作品解釈も、そしてディスコグラフィもない。インタビューというまことにジャーナリスティックな作業として企画がスタートした連載のままに無作為に単行本としてまとめられたに過ぎない。

ところが、100時間にも及ぶインタビューと、その周辺への取材、文献資料との渉猟は、読んでいても足の踏み場もないほどというほどに雑然としていて密度が高いが、常にある種の知的に自由な飛躍があって創造力に富んでいる。その著者が導き誘い、時には挑発するような問いかけに対して、どんどんと高揚しあふれ出てくるような活き活きとした武満の語り口がとてつもない魅力にあふれているのだ。武満の音楽や、あるいは戦後の文化・芸術に肌触れた人々にとっては刺激的な証言集ともなっている。それは、単に武満の音楽、現代音楽や前衛芸術に及ばず、映画やTV、歌謡曲・ポップスまで実に広範囲で、戦後日本世相史を武満音楽を通じて俯瞰する壮大なオーラルヒストリーと言ってもよい。

現に、戦後世代である私にとってはことさらに感慨深い。私は戦後世代といっても、「遅れてきた世代」のさらに後塵を拝するような世代だけれども、本書を読んでいると自分の青春時代がさながらハイビジョン画像のように鮮やかに、しかも、切なく思い出される。

あの頃は背伸びばかりしていた。軽薄なモーツァルトも俗悪なベートーヴェン、柔弱なシューベルトやショパンなど歯牙にもかけず、ひたすら二十世紀音楽から十二音や音列技法などの現代音楽や前衛音楽のことばかりを追い求め、難解な用語を訳もわからず呪文のように振りまわし、ひねりにひねった解説に心酔して、物まねしていた。

天皇制を始め日本の伝統思想や文化を単に遅れたものとして蔑み、訳もなく悪役扱いして毛嫌いした。それが、一転、60年代末頃から急に文楽浄瑠璃や歌舞伎、能楽などに目覚めていく。気分としての反米もそう。ラジオやTVなど日常はアメリカの番組や音楽に空気か水のように馴染んでいながら、政治的には反米であり安保反対だった。

壊滅的な敗北という不毛の土壌から出発した戦後日本の文化社会が、米欧文化をいわばほとんど無批判に受け入れ、それを種苗とし肥料として発展・進歩してきたなかに、その独自性を育んだのは皮肉なことに経済的な貧困だったのではないか。そして貧困を独自性へと変換させた触媒は、実は、敗北した日本人の心底にあった文化的自尊心だったというもうひとつの矛盾がある。そのシンボルが武満でありその音楽だという気がしてくる。

武満の曲で最も知名度が高いのは、「ノヴェンバー・ステップス」だろう。本書でもその多くがこの曲について話題で尽くされている。私は高校時代にこの曲の初演をFMラジオで聴いたことを昨日のように覚えている。邦楽と洋楽が融合もせず、対立もせず、単に交替させながら並列させただけの「インチキだ」と私は言った。あながち青臭く無理解な暴言でもなかったらしく、そういう批判は当時も今もあるそうだし、実は、武満自身がこの曲を自分の代表作、会心の作品とは見なしていない。実際に、邦楽的要素を取り入れた作品はこれ以降ほとんど見られない。本書では、そこから武満の独白と立花の追究は果てしなく発展していく。

武満に関わり、周辺を通り過ぎていった戦後の文化人群像がこれでもかというほどに登場するが、なかでも抜きん出て痛快かつ爽快な人物は、これもまた「ノヴェンバー・ステップス」にかかわる重要な人物である。それが琵琶奏者だった鶴田錦史。男装の女性であるこの鶴田は、琵琶師としては紆余曲折があって戦後はキャバレー経営者として巨万の富を得る。そういう実業のひとが武満と出会い、琵琶師として再び覚醒し、やがては蓄財の全てを散じてまで己のアイデンティティを琵琶にかけて人生を全うしていく。そのスケールの大きさと潔さにはある種のカタルシスさえ感じずにはいられない。

そして、本書が18年間、日の目を見なかった著者の私的事情にも「ノヴェンバー・ステップス」に関わる縁(えにし)があることが、最後の「あとがき」で控えめにだがその真相が明かされる。それは著者そのものの生き方や心情を垣間見させてくれて、これもまた感動を呼ばずにはいられない。

ぶ厚くて字も小さいし、それなりの音楽に関する基礎知識も必要だろう。だから、誰にでもお勧めするというものではないかもしれないけれど、本当に読み応えがあって面白い。音楽ファンにはぜひお薦めしたい。








武満徹・音楽創造への旅
立花 隆 (著) 文藝春秋
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