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2016年07月18日00:31

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田部京子 ピアノ・リサイタル

田部京子さんは、北欧の音楽のイメージがありますが、浜離宮朝日ホールでのアフタヌーンコンサートでは、昨年、《北欧をたずねて》に続いて、今回は、もう一つの原点ともいうべきドイツ音楽への思いが込められたプログラム。昨年に引き続いて、中間に彼女の思い出の写真スナップを交えてのトークがありました。

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田部さんは東京芸大卒業後、文部省の派遣留学生として88年から2年間、ベルリン芸術大学に学びます。ベルリンの壁崩壊が2年目の89年11月のことですから、まさに分断とその終結という時代の現場に居合わせたということ。

ベルリンに着いたその日に、さっそくフィルハーモニーに駆けつけたそうです。友人のつてで何とか入り込んで聴いたのはアバド指揮のブラームスの3番。感動の体験でその記憶は今も鮮烈だそうです。その冬のジルベスターコンサートは、ベルリンでのカラヤンのラストコンサート。10代のまだ幼さを残したキーシンの手に引かれるようにして登壇した老カラヤンとのチャイコフスキーのコンチェルト。年下のキーシンでしたが、いつか自分もステージの中央で…と熱い思いを抱いたとのこと。

当時は西側から東側への往来は可能で、しばしば東ベルリンへ1日かぎりの訪問を楽しんだとか。所持金は25マルクに制限されていたそうでそれを使い切ることが条件だったそうですが、東西の貨幣価値格差があってオペラやフルコースの食事、マイセン陶器などの土産など十二分に楽しめたとか。伝統文化は東ベルリンのほうが充実していたのでしょうか。

ベルリンの壁崩壊当日は、夜まで練習があって、その後、食事してから友人とツォーのマクドナルドで談笑していたそうです。そのうちに人波が押し寄せてきて、その服装も様子も尋常ではない。何が起こったかわからないまま家路につき、事件を知ったのは翌朝の日本からの電話だったそうです。歴史の瞬間を目撃するというのはそういうことなのでしょうね。

ライプツィヒのメンデルスゾーンの家を訪ねたときの印象は、部屋の色使いが明るくていかにも裕福で充実した生活を感じたとのこと。同じライプツィヒのシューマンの家との違いはその色使いとのこと。昨年冬、私も彼らの家を訪ねたのですが、さすが女性らしい観察眼だと思いました。メンデルスゾーンの水彩を中心とした絵は、その画才の素晴らしさとともに細密な技法は、8分音符、16分音符を多用するその音楽にも通ずるとの指摘にはなるほどと思いました。

プログラムの最初は、そのメンデルスゾーン。日本では「庭の千草」として知られるアイルランド民謡をテーマとした幻想曲。幸福というものを確かめ確かめ逍遙するような美しいピアノ。続く無言歌集からの小品も確かによく目の詰んだテクスチュアに幸福な日常的な時の流れのようなものを感じさせてくれます。田部はこういう珠玉の小品から美しい情感の刹那を映し出すことについては素晴らしいものがあります。

ベートーヴェンの「テンペスト」は、ここのところベートーヴェンのソナタのなかではよく聴く曲です。その名は、作曲者が弟子のシントラーが解釈について尋ねたときに「シェイクスピアの『テンペスト』を読め」と言ったということに由来するそうですが、私にはシェイクスピアを読んでもわかりません。心の中の嵐とでもいうような音楽ということでしょうか。田部は、決してそれを叩きつけるような激しさではなく、丁寧にいくぶんゆっくりめのテンポで描いていきます。フォルテよりも時折訪れる静寂の弱音がどこまでの澄みきっていて美しい。最終楽章の、焦燥と悔恨にせき立てられるような切迫した恋慕がとてもせうなく心の中を駆け巡っていくようでした。

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最近、よく聴くのはペーター・レーゼルの日本録音。解釈も音の色づかいも田部と共通するものがあります。このピアニストも壁をはさんで激動の時代を生きてきた人。硬質な深いタッチと清冽な歌い方にはベルリンなのかドレスデンなのか共通のピアニズムがあるような気がします。田部さんはドイツ留学のおかげでドイツ音楽にのめり込むことができたと言っていましたが、両者を聴き較べてみるとそういうつながりを感じるのです。

「交響的練習曲」は、シューマンの曲のなかでも一番好きな曲です。「幻想曲」も凄い名曲だと思いますが、あれはどこか壊れたソナタのようで、無意識のうちに冥界の闇や幻覚に引きずり込まれるような怖さがあります。「交響練習曲」は、変奏曲として構成感が明快で、壮大なピアノ音響と技巧的な意匠の変化があってどんどんと高揚していくトリップ感覚があります。

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子供の頃に聴いていたのは、パウル・バドゥラ=スコダのLP。社会人になってから買ったのがポリーニで、CD前のデジタル初期の優秀録音で繰り返し聴きました。ポリーニはこの頃シューマンに集中していて、この録音は2年がかりで収録。途中で録音場所を変えてまでの執念の録音でした。「遺作」と呼ばれる初稿では削除されていた5つの変奏曲の挿入する場所は、このポリーニ盤とは違っていました。

アンコールの「トロイメライ」は、ほんとうに心に染みいるような幸福な日常の刹那。演奏が終わってもため息のような静寂が長く深く客席を包み込み、なかなか拍手が起こりませんでした。



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田部京子 ピアノ・リサイタル
〜ドイツの思い出を訪ねて〜

2016年7月12日 13:30
東京・築地 浜離宮朝日ホール

メンデルスゾーン:
「名との名残のばら」による幻想曲ホ長調Op.15
無言歌集より
 甘い思い出
 ないしょ話
 ヴェニスのゴンドラの歌 第2番

ベートーヴェン:
ピアノソナタ第17番ニ短調Op.31−2「テンペスト」

シューマン:
交響的練習曲<遺作付>Op.13

(アンコール)
子供の情景より「トロイメライ」
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