水戸・偕楽園の梅は早くもほころびていました。
とはいえ梅園のほとんどはひっそりしていて、そのうちの数株だけが早咲きの花をほころばせ、なかでもこの紅梅はことさらに美事。早く咲く花ははそれだけ長い寿命を全うするのでしょうか、それとも人一倍短く儚い早熟の命を散らせてしまうのでしょうか。
…そんな想いに耽りながら、ツィメルマンのオール・シューベルトのコンサートへと向かったのです。
わざわざ水戸にまででかけるのは、水戸芸のホールの音がとてもよいからです。そして、ピアノ・リサイタルは大きなホールで聴く気がしないから。ツィメルマンほどのピアニストならサントリーホールのような大ホールを満席にすることはいとも簡単なこと。それどころか、すでに昨年11月6日には、同じプログラムでベルリン・フィルハーモニーの大ホール約2300席を満席にしています。
それを700席ほどの水戸で聴けることはとてもぜいたくなこと。A席8500円というのは行き帰りの交通費を含めれば決して安くはないのですが、このピアノ・リサイタルには最適な空間ボリュームとその美しい音響を考えればほんとうにこの上ないコストパフォーマンスです。
そのツィメルマンは、今回のツアーにあたってわざわざこの水戸芸術館を会見会場に指定してインタビューを受けています。日本を愛してやまないツィメルマンですが、その愛着はあの東日本大震災で日本人への尊敬とともにいよいよ高まったそうです。ここでの小澤征爾/水戸室内管との共演も「依頼があればいつでも喜んで受ける」と公言しています。そういう特別の場所でのリサイタルなのです。
http://blog.arttowermito.or.jp/staff/?p=17217
プログラムは、シューベルトがその死のわずか数週間前に作曲した三つのソナタのなかからイ長調と変ロ長調の2曲。そしてプログラム最初に小さな変奏曲が置かれているのが、ちょっと不思議な気がします。じつはこの曲にもツィメルマンの特別に個人的な想いが込められていて、しかもプログラムとしても深い意味合いを含んでいたのでした。
この変奏曲は、1970年代初期にポーランドで発見されたもの。いまだに真偽が確定していませんが、当時13歳のシューベルトが彼の地を父親とともに訪れた際に残していったものだというのです。15、6歳の若い学生に弾いてほしいとの発見者の依頼で当時まだ無名だった学生ツィメルマンが選ばれて初演したというのです。
ツィメルマンは、この曲に若いシューベルトのハイドンへの崇敬が込められていると感じるのだと言うのです。三つのソナタのうちD958は、シューベルトが尊敬してやまなかったもうひとりの作曲家ベートーヴェンへの想いが込められている。そのD958はあえて外して2曲だけを演奏するのは、この2曲がシューベルトのハイドンへの想いを感じ取るからだという。つまり、この日のプログラムは、シューベルトのハイドンへのオマージュということがテーマなのです。
確かに、最初の変奏曲は小さい愛らしいものでありながら、その古典的なプロポーションの美しさと磨き上げられた意匠の輝きは、いつまでも残像となってこの夜のリサイタルを支配し続けるように感じました。
25歳の冬に梅毒の診断を受けたシューベルトが強く死を意識して生きていたことは間違いはないと思いますが、30歳そこそこの若者が哲学めいた死生観をその曲に反映しようとしたということではないと思うのです。確かに「冬の旅」のように疎外と社会や因習への激しい怒りと虚無を込めた曲もありますが、切実な充実への希求とともにもはや誰にもはばかることはないと達観して思うがままに深く突き詰めていったというのがシューベルトの生と死のリアリズムなのではないでしょうか。実際に、シューベルトは死の数週間前にもハイドンの墓をわざわざ訪れて花を手向けているのです。
ツィメルマンのシューベルトはそういうシューベルト。
死の影といった文学や哲学とは一切無縁。音楽というものの音の彫琢と形式や調性といったものへの革新、転移変成と陰影描写の徹底した追究。それは破綻や崩壊ぎりぎりのところで崖と崖をつなぐ綱を渡るような音楽。しかも、ハイドン的な明晰で明るい生の輝きに満ちているのです。ベートーヴェン的な深刻さと相克、弁証法的解決という定式とは別の音楽になっています。それはハイドンから一直線にロマン派の頭上を越えてシェーンベルクらの音楽を予見するように伸びていくのです。
すぐ間近な距離にあるピアノに向かうツィメルマンはとても余裕があって、会場の咳が収まるのを微かな笑みをたたえてゆったり待ちかまえているほど。作曲家晩年の大ソナタに立ち向かい大仰さは微塵もないのですが、いったん鍵盤に触れるとほんとうに精密なガラス細工に取りかかった名匠のような面構えと緊迫した集中力を見せるのです。
譜面台には特製の横長の譜面があって、ちょうど右手だけの経過句のところで譜をめくれるように工夫がされています。暗譜の無用な負担を避けながら音楽に集中できるように、全てがあらかじめ準備されている。鍵盤上の両腕のしなやかな動きとともにそのペダル上の足元の動きは実に精妙で目を瞠らせられるものがあります。その弱音、高音はこの世のものとも思われないほどの美しさ。一方で、それとは不似合いなほどの割れんばかりの大音量の激しいダイナミクス。シューベルトが命の限りを尽くしたピアニズムの極限が遺憾なく発揮されるのです。
D959のアンダンティーノには哀感を漂わせる演奏がいわば常識なのですが、この夜のツィメルマンは、いかなる災厄や不幸をも正面から受け止め前へと進んでいく若々しい生命が歩み進むような輝きがあり、はっと息を呑みました。
D960のあの長大なモルト・モデラートの不可解で不気味なトリル。それは、何かを言いたげで、変形も展開もされることもなく果てしなく漂い続ける優しいテーマ旋律につきまとう死の影のようなものなのですが、ツィメルマンのトリルはとても心優しい。たいがいの演奏は、堂々巡りと何かが崩落していくような喪失感を強調しがちなのですが、ツィメルマンは、生命が続く限り歌い続けたいという希望のような音楽。トリルは生につきまとう暗い「影」でも「幽鬼」「死への怖れ」でもなく、むしろシューベルト自身そのもの。それが曲の結末ですーっとテーマ旋律と合一していく不思議な感覚に戦慄を覚えました。
終楽章の末尾、プレストのコーダに入る直前のゲネラルパウゼ。本来は、八分休符のパウゼでプレスト直前の休符にだけフェルマータがついているのですがツィメルマンは全ての追憶を精一杯の愛惜を注ぐかのように3つのパウゼ全てを長大に伸ばしました。弱音のタッチが柔らかで、しかもその余韻がとてつもなく優しいからこそ愛惜の念が伝わるのです。そんなことができるピアニストはツィメルマンだけなのかもしれません。限りなく美しい際(きわ)の美です。
アンコールに応えたのは彼にしては異例だったのではないでしょうか。
弾かれたのはシマノフスキーの「9つの前奏曲」作品1から。ツィメルマンの口からは「ピエール・ブーレーズの想い出に」との言葉が…。
シマノフスキーは、ツィメルマンがライフワークのように取り組んできた故国の作曲家。一方、つい先日亡くなったブーレーズはツィメルマンの長年の盟友だったひと。戒厳令に凍える故国を棄てて西側に脱出したツィメルマンに、まず手を差し伸べたのがカラヤン。次いでバーンスタイン、小澤征爾、コンドラシンらが若きツィメルマンの戸を叩き、そしてブーレーズとの出会いがあった。そういう万感の思いを、ブーレーズの死を悼んで捧げたのだと思いました。
クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル
2016年1月11日(月・祝日) 17:00
茨城県水戸市:水戸芸術館コンサートホールATM
シューベルト
7つの軽快な変奏曲 ト長調
ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959
ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960
(アンコール)
シマノフスキー:「9つの前奏曲」Op.1より
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