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2014年12月29日14:50

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オーディオ論議の行き着くところ(GRF邸訪問記 前編)

以前から切望していたDynaudioのConsequenceがいよいよご開帳とのことで、GRFさんのお宅を訪問しました。

先ずはいつもの通り、和室のUNICORN部屋へ。

何度目かの訪問ですっかりなじんでしまったUNICORN部屋ですが、今回はいつもとどこか違います。CDプレーヤーの類がいっさい無くなってしまっていてラックにはインシュなどの残骸が無残に転がっているだけ。Consequenceを立ち上げその出音を最善にしていこうとする過程で、EMMのトランスポーターとDACはそちらへ供出、加えて名器マランツCD-34にも微かな不良が判明してドック入りしてしまったとか。さらにはスピーカーケーブルもMITの箱付フラッグシップも供出され、こちらは残されたセカンドランクのものに差し替えられたとか。何やらConsequenceのただならぬ存在の重みを影のように感じます。

そのせいなのでしょうか、いつもの悠然とした空間表現とワイドレンジなUNICORNサウンドなのですが、微かに違いを感じます。聴かせていただいたのは、PCからの送り出しでDSDファイルにアーカイブされた2トラックテープの音源です。違いとは、音場がわずかに小さくなって低域もピラミッド型から音程重視の締まった方向へ、音色も柔らかさや滑らかさよりも解像度重視の方向へシフトしたという印象があるのです。これは後になって思ったことですが、単にConsequenceに機材を持って行かれたせいということではなくConsequenceのチューニングの過程でその音に影響を受けたということなのではないかという気がします。

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聴かせていただいたなかでは、ミュンシュのブラームス2番が印象的でした。「田園風」というより颯爽とした「英雄的」な2番。私は、聴き始めで「オケは下手くそだけど演奏は素晴らしい」と例によって怪しからぬ暴言を吐いたのですが、これがミュンシュ/ボストン響と聴いて少しあせりました。とはいえアメリカのオケだったので恥をかかずにすみました。出だしの金管群に微かなもたつきがあったのと、全体に指揮棒には忠実ですが自発性に乏しいのです。金管は後のオザワ時代のほうがはるかに鍛錬され洗練されていると思いますし、木管は同時代のフィルハーモニーに敵うべくもない。弦楽器群にシカゴ響のような強靱さが不足するのはホールの違いでしょう。そういう感想が頭をよぎるのも、この日のUNICORNがいつもの官能よりも分析的に聴かせるからなのでしょう。それにしてもミュンシュのブラームスは素晴らしい。しばらく聴き惚れてしまいました。

さて、いよいよConsequenceとのご対面です。

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とにかくその大きさに威圧されます。あくまでもコンシューマー用というのですが、それは一般家庭の間尺にはとうてい納まりません。価格も最新のプライスリストで720万円と最高級車なみ。GRFさんは、史上空前の円高を記録した20年前に一念発起して現地で買い入れ並行輸入されたそうです。輸送費がかさんだとはいえ当時の国内価格の半分以下、現在の値段でいえば三分の一だったとか。とはいえ棺桶のような巨大な梱包を専門業者に頼んでつり上げて2階のベランダに運び入れ、開梱して設置するまでは大騒ぎだったそうです。

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まず、その威風堂々たる風貌とともに常識をはるかに超えた異形ぶりに驚かされました。最上部に巨大な口径のウーファがあり、5つのユニットが通常とは上下逆に倒置されています。

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詳細は省きますが、ボックスは3分割されていて、ウーファとその他のユニットは完全に分離。背面下側のボックスにはもうひとつのウーファ・ユニットが隠されていて、正面のユニットを背面からシリーズで押す二重連となっています。下側に向けてはこれまた巨大なバスレフポートが入っている。かといってメカニカルな印象はなく、木目の美しい箱全体の仕上がりは、なるほどコンシューマー用の最高峰の貫禄です。

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5wayですが、すべて6dB/octの最もシンプルなネットワークでつながれている。いっさいの補正を行っていないとのことで、完全な位相管理がなされています。とはいえ4つの中高域ユニットを寸分違わずそろえるには、音色がそろったワイドレンジなくせのないユニットを選別する必要があります。分割分担というよりは盛大にオーバーラップしているはずだからです。実際に、そのサウンドはひと言でいえば、4つのユニットが完全に一体化していて、2wayスピーカー、あるいは《フルレンジ+スーパーウーファ》のような印象です。清澄な音像と明瞭な定位は2wayでしか再現できない、という概念が吹き飛んでしまうような衝撃でした。

私のような小型2way派にとってはショッキングですが、反面、そのサウンドには大いに励まされました。ある意味では、オーディオの最終的帰結、論議の行き着く結末が眼前に示されている。「お前の目指すものは間違っていない」というご託宣をいただいたような気がするからです。

その「コンセクェンス(帰結)」とは、何も驚かせるようなものはありません。いたってナチュラルで何の力みもなく、音像は明瞭で細部まで分離し、しかも、あざといコントラストや輪郭線はまったく無いのです。まさに、『神がお姿を現すときは人間の姿をしている』ということではないでしょうか。

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それだけに最初の音を聴いたときに多少戸惑ったのは事実です。


(続く)
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