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2014年11月20日23:02

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惜別の辞 (ペーター・レーゼル/紀尾井シンフォニエッタ東京)

レーゼルさんは、旧東ドイツを代表するピアノの巨匠。

ドイツ・シャルプラッテン・レーベルには数々の名録音があって、日本でも音楽通にはよく知られた、いわば知る人ぞ知るという存在でしたが、東西の壁の隔たりのせいで一般にはあまりなじみがありませんでした。そして、ベルリンの壁崩壊によって東西ドイツの壁が取り除かれたことも、さらなる災いとなります。西側の知名度の高い音楽家が優先され、レーゼルさんのようにそれまでの体制で活躍してきた音楽家は国の庇護を失って一転して冷遇されたからです。

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そのレーゼルさんを再発見したのが紀尾井。

2005年のドレスデン音楽祭で紀尾井シンフォニエッタ東京(KST)と共演したことがきっかけとなり、2007年に30年振りの来日を果たします。紀尾井での公演は、ドイツ正統の純粋な精神性を伝えるこんな素晴らしいピアニストがいたのかと日本の音楽ファンを驚喜させます。

以来、紀尾井とのつながりは特別のものとなりました。毎年恒例となった来日公演では、ベートーヴェン・ツィクルスに続き、ブラームス、シューベルトやシューマンなどドイツ・ロマン派のシリーズなど素晴らしい正統音楽の真髄を披露してくれました。

そのレーゼルさんの紀尾井ホールでの公演がひと区切りを迎えます。

この日は、オール・ブラームス。

「ピアノ協奏曲第1番」は、ブラームスがまだ20代だった時の作品。これをメインにして、あまり演奏されることのない同じ20代の作品「セレナード2番」を中間に置いた、粋でとても意欲的なプログラムとなっています。

どちらかといえば弦楽器群が脚光を浴びがちなKSTですが、管楽器群も錚々たるメンバー。その高い資質と合奏能力が発揮される前半2曲。特に「セレナード」は、弦楽器はヴァイオリンが省かれた編成でもっぱら中低音を支える脇役に徹するという管楽器中心の曲。前半で十分に暖まったコンディションで最後のコンチェルトに望むという流れになっています。

最初の「ハイドン変奏曲」は、ブラームスが40代に入ってからの作品ですが、実は、これもまだあの「第1交響曲」完成以前のもの。ブラームスはピアニストでもあったので、若い頃は作曲においても観念性の濃厚なピアニズムで発想し練り上げ、それを管弦楽に置き換えることに呻吟します。「協奏曲第1番」も、もともとはピアノ連弾曲として発想されたことが知られていますが、この「ハイドン変奏曲」にもピアノ連弾版(Op.56b)が存在します。難渋韜晦な面もあって、いわばオーケストラにとっては「鳴りにくい」曲。

ところが《聖アントニウスのコラール》の清澄な和音から荘重な響へと進んで終結し、第一変奏が始まると、この日のKSTがただならぬまでに凛と引き締まったアンサンブルとなっていることを感じます。

第二変奏の付点音符のリズムの重なりや、第三変奏でのホルンの絡みなどほんのちょっとした遅れでアンサンブルが崩壊してしまいがち。それが見事なまでに明晰で鮮やかな織り模様の音楽となって進行していく。ブラームスの音楽はともすれば、「重厚」とか「渋い」とかいうステロタイプで語られがちですが、この演奏はむしろ深みのある和声の響きと颯爽とした旋律線の動きが美しく、色調も地中海のように明るい。これこそ、小さめの引き締まった響きとKSTの名人芸による正確なアンサンブルがもたらしたもので、特に3本のコントラバスまでもがくっきりとした一本の線になって響くところがとても印象的でした。

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テンポはゆったりとしていて、ドイツ的な細部まで折り目正しいストロークでありながら実によく歌う。指揮者のオラフ・ヘンツォルトさんも、旧東独のライプツィヒで生まれドレスデンで育った人。そういうドイツ正統の中堅指揮者をレーゼルさんが指名してポディウムに立たせているのではないでしょうか。

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また、この日はロイヤル・コンセルトヘボウ管のコンサートマスターのフェスコ・エシュケナージさんがゲスト・コンサートマスター。コンマスによってこれだけ変わるのかというのも驚きです。私は、ぼんやりとワルターの「ハイドン変奏曲」を思い浮かべました。あれも厳粛で真摯でありながら暖かい心のこもった歌うブラームス。

ピアノ協奏曲も、そういう小編成ならではの、よく磨かれ、研ぎ澄まされたアンサンブルに、白熱した情感こもる大曲の響きがダイナミックに展開。レーゼルさんの背筋の通ったしなやかで力みのない冴え冴えとした熱気が白銀の輝きを放ちます。レーゼルさんの音はとても深みがあって厳しい自然のなかで耐えてきた堅木のような強さ。昨年のシューマンもそうでしたが、すっかり身を委ねてしまえる安心感と正統のものに直接触れているという充実感を与えてくれるのです。

アンコールは、何と、オーケストラも加わってのモーツァルト。あの最後の27番の第2楽章。まさに「惜別の辞」。あらゆる雑念や孤独感を超越したかのような、どこまでも透き通った万感尽きぬ哀惜の歌。こんな音楽に出会えたことに限りない幸福を感じました。



(蛇足)
実は、私は、この演奏を二日続けて、第一夜を妻と、第二日目を友人とともに聴きました。違いはほとんどありませんでしたが、やはり二日目のほうがより充実していました。特にコンチェルトの第一楽章冒頭の力感で優り、アンコールでの哀惜の陰影の深みが増していました。




紀尾井シンフォニエッタ東京 第97回定期演奏会

2014年11月14日(金) 19:00
        15日(土) 14:00

指揮 オラフ・ヘンツォルト
ピアノ  ペーター・レーゼル
紀尾井シンフォニエッタ東京
客演コンサートマスター フェスコ・エシュケナージ
       (ロイヤル・アムステルダム・コンセルトヘボウ コンサートマスター)ヨハネス・ブラームス:
 ハイドンの主題による変奏曲Op.56a
 セレナード第2番イ長調Op.16

 ピアノ協奏曲第1番ニ短調Op.15

(アンコール)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番K.595より第2楽章

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