2004年、衆院議員落選中の高市氏は、
ある雑誌に日本国憲法改憲への意欲について寄稿したのだが
その文章の中で日本国憲法の前文に示された
「平和を愛する 諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保 持しようと決意した」という部分について、
おめでたい一文だと揶揄している。
新憲法制定への先人達の決意を示すこの一文を
おめでたいとはなんともなさけない。
ここに込められたのは、太平洋戦争による未曾有の悲劇を
二度と繰り返さないことの強い反省の思いである。
「諸国民の公正と信義に信頼し」とは新憲法を定めたのは
国民自身であり、その責任の重さを示している。
爾来、80年わたって日本は外国と一度も戦火を交えることなく、
平和国家として今に至っている。
高市首相は、「先の戦争責任は私達にはない」、
「この憲法は占領軍に押し付けられたものだ」
「憲法は国際情勢の変化に応じて改憲すべきだ」という
持論に基づき改憲に意欲を示している。
なぜ、戦争を放棄した平和憲法が国際情勢の変化に応じて
対応しなければならないのか。
米国、ロシアによる国際法違反の紛争、
同じく中国による東シナ海、尖閣諸島問題など懸念材料は少なくないが、
私から見れば、平和憲法に世界が合わせるべきであって、
あえて世界情勢に合わせて平和憲法に手をつけるべきでないと思う。
こんなこというと「おめでたい」という言葉をあちこちから浴びそうだが、
戦争を起こさないための不断の努力をしないで、戦争をできる国にする
という発想こそ、まさにおめでたいといわざるを得ない。
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