mixiユーザー(id:26897873)

2024年12月06日10:32

86 view

「指揮者は何を考えているか」(ジョン・マウチェリ 著)読了

著者は指揮者。ハリウッド・ボウル・オーケストラの創立時からの音楽監督を務め、欧米各地の歌劇場を客演、トリノやワシントンの歌劇場の音楽監督も務めた。バーンスタインとは長年の親交がある。日本ではあまり知られていないのは、アメリカ人指揮者として軽くみられているうえに、映画音楽や現代音楽の指揮者と見られがちだからだろう。

教育者としても活動しており、本書を執筆したのは、「有名な大指揮者の伝記や指揮法の教本でないものを」という依頼に応えからだという。指揮者の日常、そして指揮という「技(アート)」について書いてほしいというのが依頼だったという。

その内容は、実に多岐にわたる。ゴシップもふんだん。「偉大な指揮者の伝記」ではないから、その裏話や噂話にも容赦がない。バーンスタインにまつわる話しが多いのは当然で、イントロダクションは、ジョークのネタにされたカラヤンとのライバル関係から始まる。指揮者の裏話の始まり始まりというわけだ。

多岐にわたる話しはどれも面白い。ひとつひとつ紹介するのは切りがないし、まとめようがないので特に印象に残ったものをいくつか紹介すると…

フォト

1.興味のない現代音楽を指揮する(スラットキンとエリオット・カーター)

 エリオット・カーターは、アメリカの傑出した現代音楽作曲家。その『三つのオーケストラのための交響曲』のお鉢がレナード・スラットキンに回ってきた。シカゴ響の音楽監督のショルティが演奏を拒否したからだ。首席客演指揮者のアバドもやりたがらない。ラインスドルフも、過去の経験をたてにカーターは二度と振らない断った。初演は7年も前にブーレーズ指揮のNYフィルで行われている。委嘱したオーケストラのひとつであったシカゴ響はまだ一度も演奏したことがなかった。委嘱した以上は演奏しなければならない。スラットキンは渋々同意した。おそろしく複雑なスコアを勉強し、ゲネプロには作曲者も立ち会った。しかし、「すべてがうまく進まなかった。」

 実はこの演奏会には私自身も立ち会っている。本当のところは、本書に書かれている以上のスキャンダルだった。スラットキンは演奏前に、言い訳がましいスピーチを行ったのだ。「自分は勉強したが、どう鳴るべきものなのか理解できていない。そのことを、承知して聴いてほしい。」というようなことを言った。作曲者は、そのスピーチを聞くと席を立って演奏も聴かずに会場を靴音高く出て行ってしまった!


2.オーケストラの冷たい仕打ち(バーンスタインとBBC響)

 指揮者とオーケストラとの確執の話しはいくらでもある。就任早々の頃のカラヤンとベルリン・フィルの古老たちとの陰湿な反目などなど。バーンスタインがBBC響に初登場して、エルガーの『エニグマ変奏曲』を取り上げた。団員はみなよく知っている曲であり数え切れないほど演奏してきた。異邦人のバーンスタインは歓迎されざる代行教師のようだった。練習が進むにつれ、作り笑顔と不穏な空気が会場に漂う。――その練習風景の一部始終がBBCによってヴィデオに残されているという。筆者はそれを見ると辛くなると言う。

https://www.youtube.com/watch?v=NlmSqKBPuQ0


3.譜面から作曲者の意図を読み取る(マーラーの四番をめぐって)

 マーラーの交響曲第四番の冒頭に、そりが鈴の音を響かせながら通り過ぎていく様子を描いた。そりはスピードを落とさず通り過ぎる。そこからまったく別の音楽が始まる。クラリネットと第一ヴァイオリンが始める音楽は、弱拍で優雅にリタルダンドした後、曲冒頭のテンポで変奏が始まる。譜面通りに演奏すると、一瞬だけだが、オーケストラはバラバラに演奏することになる。

フォト


 そんなバカなと思うかも知れない。しかし、スコアを確認すると確かに、リタルダンドの指定があるのは、クラリネットと第一ヴァイオリンだけで、フルートとそり鈴には何もついていない。筆者によると、マーラー自身が赤字で加筆したスコアには、フルートには「リタルダンド無し("ohne rit.")と明記されている。パートによって時間軸が違うのだ。

 これに気づいた筆者が、その通りに演奏したら翌日の新聞批評で揶揄された。この問題をバーンスタインにぶつけてみたら、その答えは「イエス」――筆者が正しかった。では、なぜバーンスタインはそのように演奏しなかったのか?バーンスタインの答えは「怖じ気づいてやめたんだよ」というもの。伝統や人々の期待に反するととんでもない結果になるというわけだ。

 実際に、CDを取り出していくつか聴いてみた。

フォト

 なるほど、バーンスタイン(1960年ニューヨーク・フィル)は、やっていない。それなら、インバル(1985年フランクフルト放送響)はどうか?――ものの見事に全体でリタルダンドしている。とてもユダヤ的。

フォト

 ブーレーズ盤(2000年クリーヴランド管)を聴いて腰を抜かした。見事に、ズレズレの演奏を正確無比にやってのけている。なるほど、そりは遠景へと去ってフェードアウトし、その映像に被さるように音楽がフェードインしてくる。ブーレーズのマーラーの凄味に改めて感嘆した。


指揮者というのは、確かにいかに大変な職業であり、大変なストレスにさらされながら、いかに大変なことをやってのけているのか…それが、よくわかる。クラシック音楽ファンにはたまらなく面白い。






フォト


指揮者は何を考えているか
解釈、テクニック、舞台裏の闘い
ジョン・マウチェリ 著
松村哲哉 訳
白水社
2019年10月10日第二刷

原題:MAESTROS AND THEIR MUSIC The Art and Alchemy of Conducting


[目次]
イントロダクション

1 指揮をめぐるちょっとした歴史
2 指揮のテクニック
3 オーケストラのスコアの読み方
4 指揮者になるための勉強法
5 指揮者によって演奏が違うのはなぜか
6 さまざまな関係
音楽との関係/音楽家との関係/聴衆との関係
評論家との関係/オーナーおよびマネジメントとの関係
7 仕切っているのは誰か
8 長距離指揮者の孤独
9 録音対生演奏(対ライブ録音)
10 指揮をめぐるミステリー

謝辞
訳者あとがき
注と典拠
索引
13 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する