この10月9日、袴田事件の再審無罪が確定した。
本書は、無罪を確信しながら死刑判決を書いた元裁判官の素顔に迫ったルポルタージュ。読み応えのあるルポルタージュだった。
判決後40年経って、再審請求の最中、元静岡地裁判事の熊本典道が現れて、無罪を確信しながらも、その自分が死刑判決文を書いたと証言し、世間を仰天させた。
TVのニュースショーに出演した熊本によれば、一貫して無罪の心証を持ち続け、他の裁判官と意見が割れたが説得しきれなかったという。若年後任ということで、無罪と確信する自分がその意に反して死刑判決文を書かざるを得なかった、と衝撃の告白をした。
この証言に衝撃を受けた著者は、とにかく本人に会って取材したいと思いたつ。実際に会ってみると、その本人の姿はエリートの元裁判官というのとはおよそかけ離れていた。
それは、朽ち果てた建造物も同然で、一時はホームレス同然にまでその身を堕としていた。離婚を繰り返し家庭は崩壊し、家族からも見離され、息子や娘も他人同然の感情しか抱かない。世話を焼く内縁の女性にようやく支えられて生きている。
えん罪判決を下したことが熊本の人生を狂わせたことは間違いない。
かといって裁判後、転落の一途をたどったわけではない。熊本は、司法試験を最年少、成績トップで合格した。それは九州大学創設以来の快挙。そのままにしていれば最高裁判事になれると上司先輩から言われた正真正銘のエリーだった。しかし、袴田事件の判決後まもなく退官してしまう。弁護士となるが、一時期は年収1億を越えるほど。その手腕は確かだった。しかし、銀座で豪遊し女遊びにも溺れる。再婚しても、すぐに家庭は崩壊する。
本書は、この人格破綻の元エリートの人生を追って、本人や周辺の関係者の証言を執拗に追う。
「僕の話を美談にしないでくださいね」
熊本は、筆者にそう語ったという。
本人の足跡や人々の証言を追えば追うほどに、熊本の人生は破綻していて、確かにそれは「美談」からはかけ離れていく。かといって、意に沿わぬ死刑判決に関わったことが、その破滅を招いた因果の全てには思えない。心の内は誰にもわからない。本人にさえ自分の真情の記憶に乏しい。心の奥にしまい込んでいることもあるだろう。
虚しいとさえ思えるそういう人生の重みをひしひしと感じる。
同時に、関係者の取材からは、熊本以外の人々の人生も浮かび上がってくる。本書を読むことは、当然、、袴田事件というえん罪をめぐる審判の経緯・真相を追うことにもなる。もちろん最大の悲劇は、袴田さん本人だ。上訴を重ねているうちは無実を訴え続けたが、最高裁で死刑が確定し、再審請求も拒み続けられるなかで、ただひたすら刑執行に怯える日々のなかで精神を病んでいく。その一方で、無実を信じ、その生きる日々のすべてを注ぎ込む実姉・秀子さんや、その周辺に参集し支援する人々の人となりがリアルに浮かび上がってくる。秀子さんは、いつもそうした人々に明るく振る舞い、人々を惹き付け、結びつけ、魅了する。
それが本書の魅力である。
熊本の書いた判決文には、判決当時から法曹界内部では疑問を持つ人々がいたという。確定一審判決は「異様だ」との証言もある。判決文を綿密に理詰めで解析し、事実上は無罪を主張しているとの見解を示した法学研究者もいるという。内部には難事件に当たらざるを得ない熊本らに同情的な声もあったという。
いったん下された判決は重い。
最大の論点となった、証拠のねつ造への疑いについても、当初からそれを疑う声が強かった。巻末に加えられた寄稿で佐藤優氏は「過去の過ちを認めることで国民の検察に対する信頼は強まる」と言っている。しかし、控訴断念を表明するという最後の最後に及んでも、最高検察庁のトップである検事総長は、あくまでも「ねつ造」断定に不満を表明しそれを否定し続けた。
【完全版】 袴田事件を裁いた男
無罪を確信しながら死刑判決文を書いた元エリート裁判官・熊本典道の転落
尾形誠規 著
朝日新聞出版
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