人生って悪くないな…そういう風にしみじみと思えるデュオ・リサイタルでした。
とても人間味にあふれた暖かな音楽に触れると、ほんとうに心が奥の芯のほうからほかほかと温まってくる。それがこのリサイタルの感動でした。
このデュオは、紀尾井ホールの企画だそうです。

ブルネロは紀尾井ホールには25公演に出演しているそうですし、川口はデビュー早々からレジデント・シリーズを務めています。ふたりともこのホールとはおなじみ。それでそのふたりを結びつけてみようという発想だったのでしょう。
だから、この夜がふたりの初共演。
公演プログラムはいつも川口の自筆です。プログラム巻頭に「ブルネロとの初面会の思い出」という一文を寄せています。これが、ブルネロの人柄とその音楽、そして、川口自身のこの公演にかけた思いをよく現している心温まるエッセイになっていますので、ぜひ、ご紹介したいと思います。
(無断での転載になりますので写真にします。どうか気持ちをくみ取りいただきご容赦いただきたいと思います。)
ブルネロの音は、自然流。
最近の若手のような艶やかな美音というのではなくて、肌合いはざらざらして音色やテクスチャのグラデーションが細やか、倍音が豊かで薫り高く情感にあふれた暖かい音。例えてみれば、つるつるした絹ごし豆腐ではなくて、天然にがり100%の大豆の香りが豊かな木綿豆腐というような感じ。
一方で、川口のフォルテピアノは天空から降ってくるような軽やかな空気感に満ちている。
まるで原生林の森を散策するようで、足元は下草だらけで小石だらけ、触れる木々の地肌は半分苔むしていてしかもゴツゴツと荒々しい。そこに根源の生命の暖かさと力を感じさせてくれる。一方の、川口のフォルテピアノは、まるで空から差し込んでくる日光のようであり、あるいは吹き抜ける風や木々の発する薫りのように爽やかで軽やかに響く。そのふたつの調和のなかに音楽が奏でられる。
プログラムは、ありそうでいてとても凝った珍しい曲を取り上げています。
誰だって、その人生はいいことばかりではない。
ベートーヴェンは、何だかいつも闘争に明け暮れていたような人だし、メンデルスゾーンの姉弟も、財豊かな家庭で育ち天才的な才能に恵まれたといってもどこか薄幸のはかない短い夢のような人生。女であるが故に世に出る機会のないまま早逝した姉を追うようにして悲嘆にくれたまま死んでしまう。ショパンは恋人との生活も破綻したまま病弱に苦しみながら早逝します。
でも、そのどれもが、人生を暖かく歌い上げている。ふたりの互いに尊重する思いが生み出した選択と組み立てなのでしょう。
どれも素晴らしかったし感動しましたが、一番、印象的だったのはやっぱり最後のショパン。
プログラムの曲中最も知られていて演奏の機会も多いと思いますが、これが生前ショパンが出版した最後の曲だとは川口の解説で知りました。こんなロマン派の曲が、フォルテピアノで見事なまでに彩られるということがそもそもの驚き。それでいて、ロマン派そのものの情感表現がストレートに伝わってくることも驚き。夫婦や恋人同士であってもなかなか自分の心の底までは打ち明けたりわかり合えたりはしないもの。親友同士の友情というものはそれとは別のもので、思いのたけを思う存分にぶつけ合い心の底からわかりあえる…そんな関係なのだと思うのです。
湧き出すような気持ちをぶつけて、それを力いっぱい受け止めて、そのうえで…
でも、人生っていいもんだ。生きているって素晴らしい…
こんなちょっとマニアックなコンサートなのに、曲中での拍手が二度も三度も起こったのは意外でした。でも、きっと素直な感動があったのでしょうし、知れた曲を聴いて同調する予定調和とも無縁ということ。だから、こんな拍手があってもいいと思いました。
マリオ・ブルネロ&川口成彦
デュオ・リサイタル
2024年10月24日(木)19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階8列10番)
マリオ・ブルネロ(チェロ)
川口成彦(フォルテピアノ)
ベートーヴェン:
《魔笛》の〈恋人か女房か〉の主題による12の変奏曲ヘ長調 op.66
メンデルスゾーン:
チェロ・ソナタ第1番変ロ長調 op.45
ファニー・メンデルスゾーン:
カプリッチョ変イ長調 H.247
ショパン:
チェロ・ソナタ ト短調 op.65
(アンコール)
ベートーヴェン:
3つの歌より「彩られた1本のリボンで」op.83-3
レイナルド・アーン:
歌曲集「ヴェネツィア」より第2曲「小舟」
使用楽器
■ベートーヴェン、ファニー・メンデルスゾーン
1825年ウィーン製 ヨハン・クレーマー
■メンデルスゾーン、ショパン
1843年製 プレイエル
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