行方知れずになっていた義兄が、
宇都宮市の病院で亡くなっていたことを
知ったのは、10年前の7月18日だった。
宇都宮市の福祉担当者から義弟の元に連絡があったのだが、
義弟はすでに他界しており、義弟の息子から、
私に電話があり、知ることとなった。
正業につかず、麻雀博打に身をつやし、
友人知人に借金を重ねるなど不義理をし、
40歳の頃、名古屋方面に流れていった。
以来、音信は途絶えていたのだが、
ガンを患ったようで、なぜか宇都宮に移り住んでいた。
荼毘に付して共同墓碑に埋葬するか、
それとも遺骨を引き取るかと宇福祉担当者から電話で問われ、
迷うことなく引き取りを願い出た。
4日後に火葬の日が決まり、宇都宮市に足を運び、
担当者から、実に丁寧な対応を受けながら、
骨になった義兄を新幹線で東京に運んだ。
その日も暑かったけれど、今日のような猛烈な暑さではなかった。
あれから10年、地球温暖化は一段と悪化している。
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