トランプ前大統領が演説中に銃撃された。
幸い弾丸は耳をかすっただけだったが、
映像をみると身の毛がよだつほど、
恐ろしい光景だった。
その瞬間、前大統領は耳を押さえ、そこにシークレットサービスが
わっとつまり、人の壁をつくる。
まるで映画の一シーンを見るようで、
現実に起きたこととは思えないほどだった。
20世紀は戦争の世紀といわれ、
第一次、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東紛争
などなど、いったい何人の生命が奪われたことだろうか。
21世紀は、平和になるかと思っていたが、それもつかの間で、
再びロシアとウクライナ、パレスチナとイスラエルが戦禍を交え、
世界は2つに分断され緊張感が高まっている。
そんな最中の前大統領銃撃だ。
トランプ前大統領は銃規制に反対しており、
その銃で命を狙われたのは、なんとも皮肉だ。
そもそも、なぜ殺傷力の強い銃の所有が
一般国民にゆるされるのか。
そこに私は暴力的、かつ凶暴な人間性が
潜んでいるように思えてならない。
ひいていえば、そうした武装することが当たり前の社会が
人の命を何とも思わない国家間の正当化された戦争という、
残虐行為まん延の原因となっているのではないか。
マスコミは、銃撃が大統領選に与える影響について報じているが、
銃社会米国の是非について、もっと問うべきではないだろうか。
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