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2021年12月15日13:54

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「『海の民』の日本神話」(三浦佑之 著)読了

富山県のホームページに南北をくるりと回転させた「逆さ地図」というものが掲載されている。中国や朝鮮、ロシア沿海州といった対岸諸地域から見た日本地図。その中心にあるのは日本海であり、富山県は、その内海に向き合う地域の重心にあるというわけだ。

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そのことは、日本の古代史にとってはさらに顕著だった。著者は、古代の日本列島をあえてヤポネシアと再呼称し、その日本海側こそが日本列島のオモテ側だったという。そのヤポネシアには、海を自由に往来していた「海の民」がいた。

著者は、古事記や万葉集歌、あるいは散逸した各地風土記などの痕跡を丹念に読み込み、筑紫から出雲、さらに能登・高志(こし)へと対馬暖流に沿った地域こそが、古代日本列島のオモテであって、朝鮮半島や大陸沿海部と自由に往来した「海の民」がいたということを、近年の遺跡発掘など新しい考古学の成果なども取り入れながら解き明かしていく。

「海の民」は、漁労と製塩、海運、交易に生きる。舟や筏を持ち、拠点を構えるが、「国家」は志向しない。いわば自由都市国家ともいうべき人々は互いに自由に行き交い、交流するが、他を侵すことはしない。著者は、文化人類学者・岡正雄氏の論を借りながら、神話には「降臨」といった垂直志向に対して、縄文人やこうした海民の水平的なものを志向する神話、文学の存在を指摘する。

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ヤマト政権の正史である「日本書紀」は、垂直的再編としての歴史記述だが、「古事記」の神話伝承や「万葉集」の恋歌などには、水平的な交際、交換、移動の痕跡が色濃く残されているという。そこに表象されている地名や豪族氏名をたどると筑紫から、出雲、若狭、そして能登半島北端の「高志(こし)」というオモテの姿が現れ、さらには、琵琶湖両岸の若狭路や、糸魚川から諏訪湖へと至る内陸の交易路も見えてくる。

こうした「海民」は、やがて、ヤマト政権という律令国家に呑み込まれていく。その発端は吉備の征服であり、そこから出雲も屈服していく。それは必ずしも血なまぐさい軍事的なものばかりではなく、交易権の中央集権的管理支配へ組み込まれていくという封建的な法支配の展開でもあったのではないかと思うのは、個人的な感想だ。さらに勝手な想像を巡らせれば、大陸側も同じように中央集権的な海洋交易管理が進み、日本海は国家的に分断されていったのではないか。

けれども、こうした「自由な海の民」というヤポネシアの古層から、どうやって中央集権国家が出現したのだろうか。奈良盆地という、瀬戸内海から淀川・大和川を遡る終端の地からの「大逆転」こそミッシングリングに思えてくる。


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「海の民」の日本神話
古代ヤポネシア表通りをゆく
(新潮選書
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