毎日新聞のコラムで、コラムニストの中森明夫さんが、
JR山手線にできる新駅、「高輪ゲートウエイ」のネーミング問題で、
文章からも怒髪天をつくよう怒りを感じる声を上げていた。
山手線の新駅名が「高輪ゲートウエイ」に決まったことは、
いまの日本人の意識と重ね合わせて、「高輪ゲートウエイ現象」だと、
真っ向からぶった切っていたのだ。
応募数が多かった1位、2位の駅名で議論するならいざ知らず、
130位のゲートウエイを採用したのは、完全に出来レースで、
こんなに人を馬鹿にした話はない。
このまま決まったら(決まっているのだが)、
いい加減な決め方をしても責任者不在、公募したというアリバイづくり、
決まったのだからというあきらめ、まあ、その内慣れるだろう、
こうしたすべてがまさに、森加計問題と構造が同じだ。
誰も頼んでいないのに、五輪、万博、憲法改正、
このまま「高輪ゲートウエイ」現象をゆるしていたら…。
どこまでも、お上の好き勝手が広がってしまう。
中森さんの怒りの声は、しっかりと受け止めないとならない。
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