リフシッツによるバッハのピアノ協奏曲全曲を演奏会の二日目。

ピアノだけではなく他の楽器もソロとして加わる、二重、三重の協奏曲もあっていっそう華やかなコンサート。
正確に言うと、イタリア様式の合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)ということになります。一団のソロ・グループ(コンチェルティーノ)とオーケストラの総奏(トゥッティ――リピエーノ)に分かれ、相互に掛け合ったり合流したりの楽しい合奏音楽。バッハは、こうしたイタリア様式の協奏曲を一心に研究し、次第に我が物にしていく。
この日最初に演奏された第5番は、それまでのピアノだけの協奏曲。失われた原曲は、オーボエ協奏曲ではなかったかという説が有力。というのも、バッハはこの第2楽章をカンタータ第156番「片足は墓穴にありてわれは立つ」に転用しているから。

この美しいラルゴは、オーボエをフィーチャーしたバッハのシンフォニア集には欠かすことのできない名曲。オーボエは、いかにもオーボエらしい哀切極まりない美しいカンティレーナを奏し、オーケストラは柔らかな単音のテヌートを連ねる伴奏に徹している。この原曲も、前回にも取り上げたホリガーとカメラータベルンの名盤に入っている。このCDは、ホリガーの名盤のなかでも飛び切りの名盤だと思う。
リフシッツは、バッハがオーボエから引き写したカンティナーレを見事に鍵盤で歌い上げていた。
第6番は、実は、「ブランデンブルク協奏曲 第4番」からの編曲。
通常、ピアノで演奏される時にソロとして加わるのは2本のフルートだが、ここでは2本のブロックフレーテで演奏された。バッハは、基本的に原曲のコンチェルタンテのうちヴァイオリン独奏部をピアノの右手に移し替えているが、第2楽章アンダンテではブロックフレーテの独奏部もピアノに移し替えている。つまりピアノ独奏の協奏曲という性格をより強調している。

そのことは、古楽編成のフランス・ブリュッヘン、クイケン兄弟、レオンハルトらの原曲の演奏を聴くと、よりその編曲版とのコントラストがはっきりして、その編曲の意図がよくわかる。ブリュッヘンらの演奏は、合奏協奏曲のオーケストラ(リピエーノ)も各パーツ一人ずつというごく小さな編成にするという先駆け。従来の、古典派オーケストラによる協奏曲のイメージを一変させる古楽復元だった。
逆に言えば、リフシッツの演奏は、そういうピアノ中心の「ピアノ協奏曲」というバッハの編曲の意図を明快にしているといえよう。音量が小さめなブロックフレーテは、2プルトのオーケストラの管楽器パートという性格に移し替えられていてソロとしては目立たない。けれども、この曲の独特の響きや賑わいを現していてとても効果的。
第7番は、再び弦楽オーケストラだけになる。ところが、この曲のほうがかえって合奏協奏曲の性格が濃厚。

原曲は、ヴァイオリン協奏曲第1番(BWV1041)。これをやはり前回ご紹介したポッジャー盤で聴くと、第2楽章アンダンテは顕著なリトルネッロ形式の美しい室内楽的合奏になっていることがよくわかる。
リフシッツは、同じように弦4部の各パートの首席をソロにして、この美しい掛け合いを演じていた。トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニーの個々の素晴らしい技量と美しい音色が際立った演奏だった。
最後に演奏されたのは、ブランデンブルク協奏曲第5番そのもの。
この曲は、ヴァイオリンとフルートの協奏曲だが、途中に胸のすくような華々しいチェンバロのカデンツァ・ソロが入ることで有名。バッハは、そのヴァイオリン・ソナタなどで従来は通奏低音として下支えに甘んじていたチェンバロを、ソロ楽器として独立させる試みを重ねてきた。このブランデンブルク協奏曲第5番のカデンツァは、そういうバッハの秘めた実験精神を打ち上げ花火のように天高く打ち上げたようなもの。いわば一連のチェンバロ協奏曲の原点といってもよい記念すべき曲。それをこの全曲演奏会の最後に演奏したリフシッツの意図は明らかで、その効果は見事。
私の愛聴盤は、エマニュエル・パユとベルリン・フィルのメンバーによるCD。

ベルリン・フィルのメンバーは、いまや、ピリオド奏法でもその達人ぶりを発揮している。このディスクは、そういうベルリン・フィルの名人芸の披瀝ということとともに、メンバーの音楽的結束を示していて素晴らしい。ヴァイオリン・ソロはライナー・クスマウル、チェンバロはクリスティーネ・ショルンスハイムという豪華な顔ぶれ。クスマウルは、このベルリン・バッハ・ゾリステンのリーダーだけれど、ベルリン・フィルの現・コンマスの樫本大進の師であり、先輩でもある。このディスクの主役はあくまでもパユとはいえ、クスマウルとそのベルリン・フィルのメンバーによるバロック音楽演奏の金字塔のひとつだと思う。
編成は、ヴァイオリン(5)−ヴィオラ(3)−チェロ(3)−コントラバス(1)に並べ替えられて、バロックフルートのソロがいっそう引き立つ。リフシッツは、むしろ、オーケストラをリードする役目に徹していて、そのピアノの粒立つ躍動がそのままオーケストラとぴったりと一呼吸となってこちらにも伝わってくる。とても愉快で楽しい瞬間だった。

コンスタンチン・リフシッツ (ピアノ・指揮)
〜J.S.バッハ ピアノ協奏曲全曲演奏会 I
2018年4月1日 15:00
東京・上野 東京文化会館 小ホール
(H列28番)
ピアノ・指揮:コンスタンチン・リフシッツ
管弦楽:トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア
J.S.バッハ:
ピアノ協奏曲 第5番 へ短調 BWV1056]
I. [Allegro moderato]
II. Largo
III. Presto
ピアノ協奏曲 第6番 へ長調 BWV1057]
I. [Allegro]
II. Andante
III. Allegro assai
ピアノ協奏曲 第7番 ト短調 BWV1058
I. [Allegro]
II. Andante
III. Allegro assai
ブランデンブルク協奏曲 第5番 ニ長調 BWV1050
I. Allegro
II. Affettuoso
III. Allegro
[アンコール]
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第5番 ニ長調 BWV1050 より 第3楽章 Allegro
ログインしてコメントを確認・投稿する