私がとても気に入っている町田の音楽サロン、アートスペース・オー。
ここで聴きたいと思うのは、ひとつには大きなリサイタルホールの整えられた音響では聴くことのできない演奏者のむき出しのテクニックやパッションが聴けること。もうひとつには、こうした厳しい間近な生音の持つ裸の音に耐えて耳を鍛えるためです。
この日は、そういう室内アンサンブルの中でもピアノソロとともに最もピュアで厳しい弦楽四重奏です。
申し合わせたわけでもないのにマイミクのUNICORNさんもご夫婦でいらっしゃっていました。UNICORNさんは、大変なジャズフリークですが、このホールをとても気に入っていただいてよくご一緒していたのです。この日は、さらにジャズ仲間であるOさんご夫婦を誘っての来場です。クラシックはあまり詳しくないとご謙遜でしたが、果たしてジャズ通が聴いたこの日の演奏やサウンドはどうだったのでしょうか。
アキロン・クァルテットは、とても若いカルテット。
2011年にパリ国立高等音楽院(パリ音楽院、コンセルヴァトワール)で女性4人だけで結成されました。昨年ボルドー国際弦楽四重奏コンクールに優勝し、今回はその記念世界ツアーの一環として来日したそうです。若いだけに、それぞれの個性や感性がぷちぷちとシャンパンの泡のように弾けあうようなアンサンブル。それぞれに個性的な顔立ちの美女四人ですが、ネイティブなフランス娘。純正フレンチのアンサンブルという点でもとても個性的です。
プログラムはウィーン古典派正統とフランスものという組み合わせ。
四重奏というのは、楽器とその演奏者の性格の組み合わせが面白いように感じ取れます。同窓で結成されても、次第にリーダーが支配してメンバーが入れ替わっていくことが多いのですが、このカルテットは結成されてまだ間もないだけにそういうシリアスなぶつかり合いがまだなくて、とにかく仲間同志で演奏するのが楽しくて仕方がないという様子です。
通常は、第一ヴァイオリンがリーダーシップを発揮しますが、このカルテットはそういう感じがあまりありません。第一ヴァイオリンのコンセさんはゲルマン的な顔立ちで大柄なので終始音楽の起点になっていますが、対照的に地中海的な顔立ちで小柄な第二ヴァイオリンのトゥ=ベントゥラックさんがうまく掛け合いながら、音色やアゴーギグを作っていく。アンサンブルによっては、曲毎に第一と第二を入れ替えることもありますが、このカルテットはそういうこともしません。
そういう若さがハイドンの古典的な構成感にとらわれない自由な演奏になっています。ドイツ的な堅固な和声合奏や、イタリア的な調和と均整のとれたフォルムとも、あるいはウィーン的な優雅さとも違う、とても個性的なハイドン。
サロンオーナーの大橋さんによれば、チェロのメァカットさんがオピニオンリーダー的な存在でリハーサルでも、こうしようとかこういう音色にしようとか、盛んに意見を出していたそうです。確かに演奏を観ているとメガネの奥から眼光するどく他のメンバーに視線を投げながら全体をコントロールしています。
けれども音楽そのものは、意外に控えめなチェロなのです。
そのことは二曲目のベートーヴェンでとても顕著。ラズモフスキー第一番は、当時としては大胆なまでに四つの楽器が対等に扱われています。特にチェロは、第一楽章のとても印象的な第一テーマの飛び出しなど、第三楽章アダージョだけを除いていずれの楽章でも冒頭から印象的な出だしでチェロがその存在感を誇示します。ところがこのカルテットはそういう男性的な支配感をまるで否定し無視しています。アーティキュレーションがとても独特で、ベートーヴェンという感じではありません。ふと気がつくと、これはフランス語の語感なのですね。雄渾でごつごつした大作であるはずのこの曲が、なんだか女四人の「ガールズ・トーク」のよう。とても面白く楽しめる個性的なベートーヴェン。
やっぱり素晴らしかったのが、最後のラヴェル。
さすがにフランス、お国ものです。ラヴェルのちょっと女性的な歪みのある性格を含めてとてもフランス的。二十世紀フランスの異国趣味、懐古趣味のスパイスが効いてとても若やいだ四重奏に心が躍ります。
第一楽章ののっけから始まる旋法的な手法。従来の機能和声の枠から飛び出して、第一、第二テーマが持つ古旋法が調性的にはぶつかり合いながら楽曲全体に循環主題的に展開していきます。ジャズではこうした手法を取り入れて、モード奏法と呼ばれマイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」で確立する。そして第四楽章では、5拍子という変拍子が炸裂。これもジャズでいえば、ポール・デスモンドの「テイク・ファイブ」でエキゾチックな変拍子として大ヒットすることになります。そういうことをまだ20代だったラヴェルが二十世紀初頭にやってのけています。そんな曲を、ジャズ通のUNICORNさんはどのように感じ取っていたのか興味津々です。
コンサートの後は、小パーティがあって、演奏者と聴衆との交流会がありました。
ヴィオラのデジャルダンさんは、これが二度目の来日だとか。実は一昨年、東京・上野の石橋メモリアルホールで開催された東京国際ヴィオラコンクールで見事第3位に入賞しているのです。今回は、カルテットとしての初来日に先行して、その入賞者に特権として与えられた「ヴィオラスペース」への出演で二度目の来日を果たしたということなのだそうです。
楽器は、2003年製作のモダンフレンチ。とても人気の高い製作者だそうで予約が一杯でなかなか入手するのが難しいそうで、彼女は両親を初め音楽一家なので入手できたとのこと。聞いてみるとやはり楽器の《エージング》というのは顕著。自分の思うような音に馴らしていくのが演奏家の技量のひとつ。言ってみれば「自分の色に染める」ということなのだそうです。とても気さくで活発な女性。どうも、このアンサンブルの扇の要(かなめ)のような役割は、このとても利発なジャルダンさんが担っているようだと納得でした。
アートスペース・オー 第208回コンサート
アキロン・クァルテット
2017年6月3日(土) 18:00
東京・町田 アートスペース・オー
ハイドン: 弦楽四重奏曲第38番変ホ長調 Op.33−2 「冗談」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番ヘ長調 Op.59−1「ラズモフスキー第1番」
ラヴェル:弦楽四重奏曲ヘ長調
●エムリン・コンセ Emeline Conce(第1ヴァイオリン)
●エリーズ・トゥ=ベントゥラック Elise De-Bendelac(第2ヴァイオリン)
●ルイーズ・デジャルダンLouse Desjardins(ヴィオラ)
●ルーシー・メァカット Lucie Mercat(チェロ)
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