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2017年06月08日12:42

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ペトレンコの「タンホイザー」 (チューリッヒ・ミュンヘン音楽三昧 その1)

今秋、来日予定のバイエルン州立歌劇場の「タンホイザー」を現地で観てきました。

いま話題沸騰の新プロダクションによる公演は、この5月21日にプレミエで、その全曲がバイエルン放送により生中継されたそうで大評判だったとのこと。私たちは、公演3日目ということになります。

まさに、今、「タンホイザー」を観るのならこれ以上のものは望めないと断言してもよいほどの布陣であり、オペラファンは『ミュンヘンへ行け!』と言っても過言ではないでしょう。この公演は、夏のフェスティバルでも続きますが、近年、ミュンヘンの人気は高まる一方で同時期に開催されるバイロイトやザルツブルクの音楽祭もしばしばかすむほどです。そのなかでもこの「タンホイザー」は最大の目玉。

実際に観た結論をひと言で言えば「素晴らしかった」のひと言に尽きます。

「タンホイザー」は、伝統歌劇とワグナー独自の楽劇との過渡的様式の作品ですが、ワグナーにとっては愛着が深かったようで何度も改訂を繰り返し、死の直前にも「あの作品には借りがある」と語ったそうでその執着ぶりが伝えられています。

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そういう二面性のぎこちなさを包摂して流麗に仕上げ、壮大なスケールを感じさせる感動のクライマックスにまで導いたペトレンコの手腕こそまず第一に讃えられるべきなのでしょう。

単独で演奏されることの多い「序曲」は、ともすればいかにもワーグナーの音楽はかくあるべしと言わんばかりの重厚尊大な音楽を聴衆は期待しがちですが、ペトレンコは静かに悠然とした流れで回想の走馬灯を回していきます。決して表面的な壮麗さは求めず、音量もむしろ抑え気味。その柔らかで温かみのある誠実な音響は、そういうペトレンコの音楽づくりを根底から支えていて、心に静かに浸透していきます。

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私たちの席は、1階席(パルケット)4列目のど真ん中。ペトレンコの後頭部がすぐそこに見えるかぶりつきです。すでに2列目で体験済みという方からオーケストラの音が大きくて聞きづらかったと脅されたのですが、まったくそのようなことはありません。むしろ、ピット内の精妙なまでの音作りと絶妙な和声バランスに感嘆するばかり。この座付きのオケの力量はシンフォニーオーケストラとしても超一級だということがわかります。

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ワーグナーの前期の伝統歌劇を踏襲した手法と晩年の楽劇様式という新旧二面性を包摂していくというペトレンコの音楽に同化しそのままに体現するという歌手陣も豪華。

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第一幕のヴェーヌスベルクの場面では、エレーナ・パンクラトヴァはそのたくましい声を変幻自在に操り官能の誘惑、支配と虚勢との間で揺れ動くヴェーヌスの多面的な心理を存分に表現し、ともすれば単調になりがちなこの場面に精神的な深みを与えているのです。フォークトとの顔合わせは、奇しくも昨年のバイロイトのパルジファルとクンドリとの組み合わせと同じなのです。

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第三幕のクリスティアン・ゲルハーヘルの「夕星の歌」は絶唱。ゲルハーヘルは決して若い貴婦人を卒倒させるようなテノールではないのですが、存分な声量と美声のなかに幅広い表現力を備えた歌手です。昨年、ベルリン・フィルで観た「ペレアスとメリザンデ」でどこか不在感と逃避と潔癖がない交ぜになったペレアスを見事に演じていましたが、ここでもエリーザベトの純潔への尊崇と恋慕とタンホイザーへの友情という矛盾が融合一体となった透明度の高い歌唱で歌劇場内がしんと静まりかえるほど。

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エリーザベトのアニヤ・ハルテロスはほんとうに美しい。

その容姿、歌声のたたずまいの美しさという点では随一のソプラノなのではないでしょうか。第二幕では、まったく汚れを知らず、ただひたすらにタンホイザーを信ずる純潔な少女から、毅然とした強い意志を持つ女へと様変わりする。そして第三幕で不滅の愛と自己犠牲へと昇華していく。そういう美しい凜とした女性の変貌を表現してなおたたずまいの美しさを一貫して保っている。そういうソプラノが実在するということそのものにも感動を覚えます。それが成功しているのは、ハルテロスの天性とともに、やはり、ペトレンコの音楽なのだという気がします。

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タイトルロールのクラウス・フローリアン・フォークトは、相も変わらず聖歌隊からそのまま抜け出てきたようなボーイッシュな透明で、しかも、蛍光色のような光を湛えたよく通る美声。タンホイザーではローエングリンの第一声のような衝撃はありませんが、純粋なあまりに傷つきやすく、ひとびとの誤解を生みやすい純真さがゆえに過ちを犯すという、悔恨に満ちたタンホイザー像を見事に作り上げています。従来のオペラチックなタンホイザーよりも、むしろ、ワグナー晩年のパルジファルを予感させるタンホイザー。新旧二面を包摂するペトレンコの音楽の核心には、やはりこの人がいるのだと確実に思わせるところがあります。

演出は鬼才ロメオ・カステルッチ。その演出や舞台には好き嫌いが分かれるかもしれません。

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序曲演奏中の序幕から登場する、アマゾネスのような裸胸の美女軍団が射貫く弓矢には、愛の成就と社会からの疎外と満身創痍の痛みとが輻輳しているということなのでしょうか。そういう解釈はともかくとして、これはひとつの爽快なショーとしても目が釘付けになります。ヴェーヌスベルクの場面での、ドロドロと粘着する裸体の山も面白い。不思議にこういう装置や演出が歌手の負担になっていません。

第二幕は、巨大な薄膜の吊りカーテンの狭間。この演出は個人的にはあまり賛成できません。舞台上の音響によい影響を与えないし、歌手もよく見えません。心理的な隔たりとか、行き違いということなのでしょうが、第二幕のダイナミズムが過小に抑えられてしまったような不満が残りました。

この公演は、そのまま秋の日本公演に持ち込まれるとのこと。結論を先に言えば、高額なチケットであってもそれ以上に観る価値があると断言できます。

まずペトレンコ。そしていまやウィーンやニューヨークをしのぐミュンヘンの歌劇場の実力の高さ。その歌劇場がまったく手を抜くことなく渾身の引っ越し公演をやってのけるだろうという期待。いま考えられる最高の歌手陣。日本公演では、残念ながらハルテロスとゲルハーヘルは参加しないようですが、代役は日本でも注目や人気を集める二人ですし、本メンバーとは違った期待があるでしょう。

多少、気になるのは舞台装置や演出が、NHKホールにうまく移植されるのかどうか。会場でお会いした招聘元のNBS(日本舞台芸術振興会)のスタッフの方のお話しでは、ようやく演出の全貌が見えたばかりとのこと。舞台の写真などもようやく届き始めたばかりだそうです。第三幕の演出では、道具の造りが小さくて私たちのようなかぶりつきのような席であっても演出の意図が見えにくいようなところがありました。それがあの紅白歌合戦の巨大客席からどのように見えるのか。多少、疑問を感じるところがあります。

いずれにせよ歴史的公演を体験したのだという感動が、終幕後の客席総立ちのシーンと重なり合って心に湧き上がってきます。いまなお心のときめきが収まらない素晴らしい体験でした。



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BAYERISCHE STAATSOPER

TANNHAUSER
UND DER SANGERKRIEG AUF WARTBURG

2017年5月28日(日) 14:00
ドイツ・ミュンヘン  バイエルン州立歌劇場

Musikalische Leitung:Kirill Petrenko
Inszenierung, Buhne, Kostume, Licht:Romeo Castellucci
Choreographie:Cindy Van Acker
Regiemitarbeit:Silvia Costa
Dramaturgie:Piersandra Di Matteo
Dramaturgie:Malte Krasting
Videodesigne und Lichtassistenz:Marco Giusti
Chor:Soren Eckhoff


Hermann, Landgraf von Thuringen:Georg Zeppenfeld
Tannhauser:Klaus Florian Vogt
Wolfram von Eschenbach:Christian Gerhaher
Walther von der Vogelweide:Dean Power
Biterolf:Peter Lobert
Heinrich der Schreiber:Ulrich Res
Reinmar von Zweter:Ralf Lukas
Elisabeth, Nichte des Landgrafen:Anja Harteros
Venus:Elena Pankratova
Ein junger Hirt:Elsa Benoit
Vier Edelknaben:Solist/en des Tolzer Knabenchors
Bayerisches Staatsorchester
Chorus of the Bayerische Staatsoper
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