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2016年04月13日11:42

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東京春祭「ジークフリート」

もはや東京の音楽シーンのエンブレムとなった観のある、東京春祭ワーグナー・シリーズ。終演後は、日本では珍しい総立ちの大喝采となった。

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ここでの演奏が日本のオーケストラの音楽水準の頂点を示すもの。それが毎年のように進歩向上している。特に今年はその飛躍が鮮やかで、N響が欧米のトップランキングのなかでも十分に互していけるという手応えさえ感じたほど。

歌手陣も並々ならぬ充実ぶり。しかも、タフな演目にもかかわらず終始メーターの針が振り切れるほどの絶唱。ヤノフスキのカリスマと隅々まで行く届いたマネジメントによって演奏会形式だからこそ実現できた音楽劇。これは後々まで語り草になるに違いない。

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「ジークフリート」は「指輪」4部作の重心に位置し、壮大なドラマの転換点をなしている。そのことをつくづくと納得させてくれた。あらゆる強欲と陰謀、報われぬ運命、不条理と矛盾、叡知の挫折、そしてそれらのライトモチーフがこの二日目の楽劇で重厚に交叉していく。既成の権威と秩序の崩壊という原始の終焉が、自由と平等への目覚めによる愛と死の成就によって実現していく。そういう始まりの終わり、終わりの始まりの壮大な転換点がこの英雄ジークフリートの成長によって引き起こされ、大舞台ががらがらと回転を始める。ワーグナーのこの壮大な神話劇は、豊かなまでに多義的で、様々な連想や隠喩が次から次へと胸に沸いてくるほどで、こんなにもわかりやすい「ジークフリート」は今までにお目にかかったことがない。

やはりヤノフスキの力量だと思う。

歌手陣ではまず称えるべきは、ジークフリートのアンドレアス・シャーガー。その歌唱には目を瞠る思いがした。

歴史的録音として語り継がれてきたデッカによる世界初の「指輪」全曲録音。プロデューサーのカルショーは、ジークフリート歌手の起用には苦心惨憺した。『摩滅と消耗の兆候が明らかだった』ヴィントガッセンを指名せず、『我らがジークフリート』を秘かに起用する。ところが、直前になっても役をマスターできずに尻込みしてしまう彼(著書では匿名だが今ではエルンスト・コツープだと判明している)に愕然として、急遽、ヴィントガッセンに頼み込み窮地を救われたことを告白している。名をなしたヘルデンテノールにとっても、あまりにタフで困難なこの役どころは、まさに「報われぬジークフリート」なのだ。

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シャーガーは、全三幕にわたって惜しみなくスロットルを全開にして歌い続け、2300人収容の東京文化会館大ホールの空間を強烈なエーテルで満たしてくれる。そればかりかこのワグナー独特の英雄像を見事に演じきる。若さゆえの粗暴、軽薄、無知。そこから一途に成長していく挫折を怖れぬ真っ直ぐな純朴さ。そして、熱く熱した鋼が煮え湯の中で一気に滾るような気高いまでの愛の賛歌。ヘルデンテノールといっても立派すぎてはいけない。そういう若さが自由なままに奔放溌剌と成長していく過程を演じきるシャーガーはジークフリートとは本来どういうものなのかを示してくれた。見事な歌唱と演技力でミーメになりきったゲルハルト・シーゲルのアクの強さと堂々と渡り合い、しかも、微塵もゆるがないジークフリートなのだ。

ブリュンヒルデのエリカ・ズンネガルドも第三場だけの登場だが、存在感が光った。ここでも単なる歌唱力だけではなく、蘇生に戸惑い喜び、ジークフリートへの愛に目覚め、そして神々の世界から人間界へと堕ちていく失墜下降への戸惑いを克服していくブリュンヒルデの心の変遷を丁寧に表現し、終幕の愛の二重唱へと見事に昇華させていく。

トマス・コニエチュニー(アルベリヒ)、シム・インスン(ファーフナー)、ヴィーブケ・レームクール(エルダ)、清水理恵(森の小鳥)らの脇役も充実した歌唱と演技。エルダは、クールマンに続投してほしかったが、それはぜいたくか。惜しいのはさすらい人を歌ったエギルス・シリンスが終始単調だったことで、ヴォータンの零落感、屈折した自虐性に不足した。

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2階左バルコニーの最前列という席に恵まれ、オーケストラ全体が俯瞰できたのが幸いだった。低域も厚く、中域の音色の表情が豊か、金管群が安定していて決め所を外さない。オーケストラにとってもタフな「ジークフリート」だが、さすがに第三幕のブリュンヒルデの目覚めの弱音では息が上がっていた。ゲストコンマスのライナー・キュッヒルにも体力的な衰えを感じさせ若干の不安を感じたが、その存在はまだまだ大きい。そこを乗りきったあとの《ジークフリート牧歌》からの転用部分あたりから終幕に向かってはウィーン・フィルもかくやと思わせるほどの美しさだったと思う。

第二幕《森のささやき》の木管群も素晴らしかった。池田昭子のイングリッシュホルンによる《稚拙な葦笛》が力演で、ずっと集中を切らさなかった客席をなごませ笑いを誘う。カラヤン盤のベルリン・フィルを凌駕する「下手くそぶり」だと称賛したい。とはいえ、やはり最大の話題は、福川伸陽(ホルン)の《角笛》だろう。舞台前縁でのソロは、緊張のあまり静まりかえった聴衆を前に、快心のカデンツァだった。

このシリーズの絶頂を感じさせる素晴らしい公演だった。



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東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.7
『ニーベルングの指輪』第2日《ジークフリート》
2016年4月10日(日) 15:00
東京・上野 東京文化会館 大ホール

指揮:マレク・ヤノフスキ
ジークフリート:アンドレアス・シャーガー
ブリュンヒルデ:エリカ・ズンネガルド
さすらい人:エギルス・シリンス
ミーメ:ゲルハルト・シーゲル
アルベリヒ:トマス・コニエチュニー
ファーフナー:シム・インスン
エルダ:ヴィーブケ・レームクール
森の鳥:清水理恵
管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル )
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田尾下 哲
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