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2015年05月26日23:35

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五月文楽公演 (二代目吉田玉男襲名披露)

久しぶりの文楽鑑賞。

国立劇場5月の文楽公演は、吉田玉女改め二代目吉田玉男襲名披露。チケットはすぐに完売。なかばあきらめていましたが、家人によるとこまめにHPをチェックしていると時々出物があるのだそうだ。こういうことはネット時代ならではのことだが、歌舞伎座で鍛えた家人のこの辺りの粘りはたいしたもの。

初代吉田玉男の一番弟子玉女が、弟子入りしたのは昭和43年(1968年)のこと。初代の足遣い、左遣いと修練を積み重ね師匠の文字通り手となり足となりその名人芸を支えながら、芸を習得していった。私が、文楽に魅せられたのは高校生、大学生の頃。大学時代に知り合った家人ともよくその頃から国立劇場に足を運んでいました。だから、そういう玉女の40年がそっくりそのまま当てはまるというわけです。

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まずは「五条橋」。おなじみの牛若丸と弁慶の五条橋での出会い。他愛がないと言えばそれまでですが、いかにも人形劇らしい奇想天外な活劇が面白い。太夫と三味線が大勢というのもひとつの楽しみ。大勢での三味線は、すべてユニゾンだと思っていたらちょっと違う対位法的な部分もあることに気づき新しい発見をしました。

続く「野崎村」では、義太夫三味線の人間国宝(重要無形文化財保持者)の二人、鶴澤清治が前を、鶴澤寛治が奥を務めるというぜいたくな布陣。家人は、昔からの「清治さん」のファンを自認しています。このひとの深みと黒光りした艶のある情け深い太棹の音色は格別ですが、この頃はむしろ中堅の太夫を育てるという立場に徹していて不思議な控えめぶりを聴かせてくれるのが名人の名人たるところ。一方で、鶴澤寛治はいかにも枯れた風貌から穏やかでしみじみとした乾いた軽みのある音色。そういう三味線の個性が際立って聞こえてくることに、洋楽のコンサートホールとはまた別の響きの楽しみを感じます。

人形は吉田勘弥のおみつ、吉田文司の久作、吉田一輔のお染と中堅どころが務め、作られた首(かしら)に命が吹き込まれ、素朴な素直な恋慕、可憐で一途な思いなど、それぞれの立場と思いや決意が交錯する文楽浄瑠璃の不思議な世界を魅せてくれます。

いよいよ「口上」。きっちりとした折り目正しい口上です。いわば幹部、中堅が勢揃いで、幹部の切り口上が聞けるし、ファンとしては格別の見ものというわけです。ぺたんと座り込んでいたように見えた鶴澤寛治に番が回ってくると突然しゃんとして立派な口上を述べたのにはびっくりしたりうれしかったり。ご本人からの口上無しというのが正式な襲名披露口上だと思ったら、家人によると歌舞伎では本人もあいさつするそうです。いろいろあるのですね。

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そして第一部最後は、「熊谷桜」に続けての「熊谷陣屋」です。この出し物は歌舞伎でもおなじみなのでどうしても比較してしまいますが、人形浄瑠璃ではさっぱりとした展開で、そのなかに瞬間瞬間的な人間の情感の光芒と静止画のような様式美というものが際立つようです。玉男の武ばった堂々たる直実はほんとうに大きくて立派。藤の局の桐竹勘十郎がとても強くて、吉田和生の遣う相模の妻であり母である不条理の悲しみがよく引き立ちます。最後の引きの場面は、出家した直実の後ろ姿の寂しさなどはやはり歌舞伎のほうが余韻があって、文楽ではずいぶんとあっけないような気がしました。

半年ぶりの文楽。とても楽しめました。国立劇場小劇場の凛とした響きはとても好きですが、大阪の文楽劇場で観る文楽は、観衆の気質がずいぶんと違っていてとても本場ならではの雰囲気があると聞きます。いちどは大阪に行ってみたいと思っています。



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国立劇場 5月文楽公演


五條橋(ごじょうばし)
    
 新版歌祭文(しんばんうたざいもん)
    野崎村の段
    
 吉田玉女改め
 二代目吉田玉男襲名披露 口上

 襲名披露狂言
 一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)
    熊谷桜の段
    熊谷陣屋の段

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