前週の紀尾井シンフォニエッタ定期公演で客演したヴァイオリンのアナ・チュマチェンコさんを中心とした室内楽の夕べ。
チュマチェンコは、正統的なヴァイオリン奏者として知る人ぞ知るという存在。それ以上に教育者として高名で、現在、ミュンヘン音大の教授。その弟子には、ユリア・フィッシャーやリサ・バティアシュヴィリなどトップスターらがきら星のごとく居並ぶ。
そのチュマチェンコのもとに集まった日本の若手ソリストたちが豪華な顔ぶれで飛び切りの名手ぞろいで、鮮度の高い演奏をしてくれた。
前半のモーツァルトでは、菊池洋子が登場。菊池は、2002年第8回モーツァルト国際コンクールで日本人として初めて優勝。09年にはピアノ・ソナタ全曲演奏をこの紀尾井ホールで催行している。そのピアノが冴えた。菊池のモーツァルトはとてもスケールが大きくて硬質な輝きがある。チュマチェンコの筆画の明瞭な造形のモーツァルトと相性がよく、しかも、音色や色彩で互いに駆け引きがあって流麗なモーツァルトになっていた。あらためて菊池のモーツァルトというものの堅牢な美しさに感服した。
後半は、ベートーヴェンのセプテットは、ベートーヴェンらしからぬエンターテインメント性あふれる名曲で、確かな記憶ではないがその昔FM放送の音楽番組のテーマ音楽に使われていたと思う。だから、子供の時分から親しんできたがなかなか生に接することも少なかったし、手持ちのCDもモノーラル時代のウェストミンスターの復刻によるウィーン・コンツェルトハウスのもの1枚だけ。
それが、とても楽しかった。
チュマチェンコは、大先生としての威厳があっていかにも峻厳な雰囲気が漂う。公開レッスンやリハーサルなどを見学したことがあるが、確かに、見ていてその姿勢は徹底的で容赦がない。けれども、ふと、その緊張をほぐすように笑顔に戻るときの口癖は「もっと、楽しく。楽しく演奏しなければ音楽をやる意味がない」。プログラムにもKSTのメンバーでチュマチェンコの教えを受けた玉井菜採さんが一文を寄せていて、その教えのキーは『自由』ということだという趣旨のことを書いておられた。
演奏は、チェロ以外は立っての演奏。池松宏は今は都響に所属するがサイトウキネンや水戸室内、KSTと引っ張りだこの名人。明るく闊達な音色の歩みは確か。中木は初めて聴いたが、前半のモーツァルトの時からその音色の優美さに驚いた。プログラムのクレジットによると1760年製ヨーゼフ・グァルネリを弾いているとのこと。本当に美しい。斎藤雄介は神奈川フィルのメンバーで、美しくふくよかなクラリネットを聴かせてくれた。福士マリ子は東響に所属。個人的に注目の若手だが、私の席からはクラリネットの斎藤の影に隠れて目立たない。音のバランスでももっと自己主張をしてよかったように思う。福川伸陽は、目に珍しい赤いベルのホルンでさっそうと吹ききった。日本のオーケストラにおける若手の台頭を思わせる見事な演奏。音色も豊かでフレーズの繰り返しでは強弱を吹き分けて頼もしい限り。鈴木学は、池松と同様、おなじみの顔だが、いかにもヴィオラらしくひたすら「刻み」に徹して、しかも、とても楽しそう。
もちろん主役は、チュマチェンコのヴァイオリン。華やかなカデンツァ風の技巧的なフレーズがそこかしこにあって、それに、若手が楽しそうに奏和するのが愉悦そのもの。頼もしい若手の実力披瀝、室内アンサンブルの音楽性も充溢していて、こんなに楽しくうれしいコンサートは久しぶりだった。
アナと室内楽の名手たち
チュマチェンコ女史とともに
アナ・チュマチェンコ ヴァイオリン
菊池洋子 ピアノ
鈴木 学 ヴィオラ
中木健二 チェロ
池松 宏 コントラバス
斎藤雄介 クラリネット
福士マリ子 ファゴット
福川伸陽 ホルン
モーツァルト:ピアノ四重奏曲 第2番 変ホ長調 KV493
ベートーヴェン:四重奏曲 変ホ長調 Op.20
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