安倍元首相への銃撃事件について、
なぜ、防げなかったのか検証が始まっている。
警視庁からの要人警護のSPは4人、
さらに奈良県警の警察官が警護に当たっていた。
問題は、道路を挟んで、元首相の背後から最初の一発が発射されたとき、
警護についていたSPは自転車の動きに気を取られていた
という主旨の証言をしている。
その3秒後に二発目が発射されたのだが、
一発目の発射時、元首相の回りの誰もが、一瞬首をすくめたものの、
誰ひとり元首相への行動を起こしていない。
警護の専門家は、基本中の基本が守られていないと指摘しているが、
もう一つの問題は、日本ではテロは起きないだろうという先入観が
爆発音への反射的対応を遅らせたのではないかという点だ。
今回の容疑者は政治団体にも参加していない単独犯であり、
それも個人的な恨みが募りに募った結果だったと思われる。
つまり、反政府的な集団を特定し、
マークして警戒を強めるという従来型の警護は通用しないのだ。
相模原の養護施設襲撃、京アニメ問題など
身勝手な思い込みや鬱積した個人的な社会への恨みなど
心の奥に巣くった深い闇が、誰かを敵であると想定した、
今回のような殺人犯を生み出しているのだ。
だから、誰でもテロリストになり、
同時に誰でもそのテロの対象になりえる可能性があるのだ。
それを前提にしなければならない時代になった、
といえるのではないか。
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