週刊新潮に掲載された、維新の会の元代表である
橋本徹氏の寄稿文は、懺悔録そのものだった。
兵庫県知事について迷走する維新の会について、
維新の会の生みの親として、橋本徹氏は、斎藤知事は「辞職すべき」と
断言しているが、その背景に維新のいまについて鋭い批判が見え隠れしている。
長い文章なので、拾い読みしてみると
生みの親の苦悩がみえてくる。
維新とは「これ新たなり」という中国最古の詩に由来する。
橋下氏は、維新の会が当初のものとは、
かけ離れた組織になってしまったと、
つくった者として責任を感じているとしている。
地方政党として立ちあげから15年経ち、
果たして今の維新の会はどうなのか。
私の目からみても、どういう政党で何をしたいのか、
さっぱり分からない。
関西大阪万博も何のために大金を投じたのか、
IRについてもそこから何を生みだしたいのか、
そしてなによりも兵庫県知事について対応については
どう考えても維新の対応が拙すぎる。
政党としての呈をなしていない。
橋下氏はこうした動きを遵法精神が希薄であるとか、
政治政党としてのガバナンスの欠如を指摘している。
要するに未熟な政党であることを認めているようにも思える。
地方政党としてやりたいのなら、そこに新しい政治の世界をつくり、
それを基盤として国政を動かすという気概があればまだしも、
地方と国政の両方に足を突っ込んで中途半端になっている。
そこから抜け出せないまま、自己矛盾にもがき続けているように
思えてならない。
橋下氏の懺悔録を、維新の会の議員はどう受け止めるのか?
維新の会が永田町の政治に染まれば染まるほど、
オワコンの途まっしぐらとなるだろう。
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