いまや、あらゆるスポーツは商業化し、
その結果、開催には膨大な経済効果が見込める。
商業化によって、それまで収入が少なかった
スポーツにスポンサーがつき、選手はテレビ出演の機会も増えるなど
収入も安定し、さまざまな世界に活躍の場が広がっている。
スポーツ観賞する側にも、勝ち負けだけでない
エンターテインメント面での楽しみも大きくなっている。
だが、商業化はつねにカネの力とイコールである。
東京五輪誘致に不透明なカネの動いたといわれ、
開催経費は当初の予算を遙かに上回り、膨大にふくらみ、
運営の裏側では贈収賄疑惑によるカネまみれ現象が起きていたのも、
商業化とカネの力のつながりを物語っている。
そして、今度はカタールで開かれるサッカーW杯だ。
誘致するためにFIFA幹部に多額の賄賂が
支払われたのではないかという疑惑がある。
この国は豊富な天然ガスマネーで、W杯を招致したのだが、
スタジアム建設などで多くの外国人労働者が命を落としていると
人権機関が警告している。
なにしろ、全住民の約9割を外国人労働者が占めるという
異常な状態を通り越して、国家として信じられない歪みとなっている。
FIFAは、いまは開催の成功に向けて集中しようなどと
人権問題などには、極力触れないようにしているが、
もう、スポーツ本来のあるべき姿からはほど遠い。
カネの力に依存するスポーツ界は、
これから同じような問題を繰り返し、ますます俗化し、
さいごは滅ぶ運命に向けて、歩み始めているのではないだろうか。
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