アメリカの憲法では平等の実現を明記していない
その代わりにあるのが自由の実現である。
もともと平等の実現を目指していないので、
ヘイトクライムなどは当たり前であり、
人種差別も根強いことがそれを裏付けている。
銃の規制は、銃を持つ自由を縛ることから、
歴代の大統領は、口ではいうが、
現実的な規制はできないままだでいる。
銃に罪はない、使う人間に罪があるのだというのは
昔から銃保有者の決まり文句だった。
しかし、人間とは武器を持つと防衛だけでなく、
使いたくなる性質をどこかに秘めていて、
それはあるとき、なにかの動機で引き金にかけた指に力が入る。
銃は自分を自由にするかも知れないが、
同時に、他者を制圧し命を奪う道具となることは
誰もが知っている。
アメリカの小学校で、児童十九人人と教師二人が18際の少年に
銃で撃たれて亡くなった。
この国にとっては驚くほどの事件でないかもしれないが、
じゅうとじゆうは、つねに裏表一体あることを、
この事件は語っている。
バイデン大統領は、「うんざりする」と吐き捨てたが、
共和党最大の支援団体であるライフル協会を
正面から非難し、批判し、銃規制を実現できるかは不透明だ。
なぜなら、「じゅう」は絶対的な「じゆう」で守られているのだから。
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