ふたつの自動車暴走事故への違和感。
一つは東京池袋で起きた87歳の高齢男性による暴走。
母子が命を奪われ、負傷者も多数でている。
もう一つは、神戸市三宮の64歳が運転する市営バスによる暴走。
歩行者二人の命が奪われ、負傷者も同じように多数でてている。
どちらも自動車の構造に問題はなく、
運転者による過失が疑われている。
私は、この二つの事故で、マスコミの報道に疑問を持った。
池袋の方の運転者は、男性と呼称され、
三宮の方の運転手は、男と呼称されていたからだ。
しかも、男性の場合は、逮捕されることなく名前はさんづけで、
男の場合は、逮捕されて呼び捨てされていた。
事故や事件では、被害者は男性とされ、
被疑者は、男と呼称が使い分けられている。
ネット上では、
男性が元官僚で国から勲章を授与されるほど
社会的に地位が高いからではないかと、
多数の憶測が、ツイッターでつぶやかれているらしい。
日本国憲法では、すべての国民は平等と定めれている。
元官僚と市営バスの運転手が、起こした自動車暴走事故で、
男性と男の使い分けには、どんな意味があるのだろうか。
やはり、違和感がある。
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