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2024年05月22日13:04

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ヴェルディ「椿姫」(新国立劇場)

お目当ては、タイトルロールの中村恵理。世界で通用する数少ない日本人歌手のひとり。一昨年のプロダクションの再演だけど観るのは今回が初めてでした。

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中村恵理の歌唱と演技は、期待どおり。

でも、出だしが難しい。

中村は、一貫して繊細、可憐で、芯は強いが自己犠牲に満ちた真情にあふれるヴィオレッタを演じようとしていたと思う。演出も決してそれとは矛盾したものではなかったと思う。

そういう歌唱と演技にとって、出だしはかなり難しい。第一幕は、立派な歌い手のほうが楽だし、音楽的にもその方が映える。悦楽的、拝金主義の「道を踏み外した女、堕落した女」を演じておいて、後半になってがらりと変わるという「実は…」という意外性のほうが受けがよい。

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出だしはともすればエンジンがかかりにくい。それもあったかもしれないけど、この第一幕は、中村というより共演者の問題なんだろう。アルフレートが立派過ぎるのだ。だから、どうしてもヴィオレッタの声量が小さく聞こえてしまう。ここは声量や立派な歌唱よりも、直情的な真っ直ぐ過ぎるほどの純情でヴィオレッタの内面を揺さぶって、「花から花へ」に潜んでいるヴィオレッタの迷いを引き立ててほしかった。

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第二幕のジェルモンも同じ。あまりにも重厚で圧迫感を感じてしまう。これではヴィオレッタを力ずくで説得しているように見える。都会的洗練や進歩性とはほど遠い保守的な地方の地主階級の誠実味の切なさがほしい。そうでなければ、中村の演技や歌唱が生かされない。この場面でこそのジェルモンの慈愛に満ちた歌唱のはず。それはアルフレートを説得しようとする「プロヴァンスの海と陸」ではなおのこと。

責任の一端は、ここまでのランツィロッタの指揮と東フィルにもある。どうにも音楽がおおざっぱで粗っぽい。

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それが、劇の半ばからぐんぐんと変貌していく。一変したといってよいほど。それはやっぱりヴェルディの音楽の力なんだと思った。第二場のフローラの館。不本意ながらのヴィオレッタと荒れるアルフレートが巻き起こす混乱と混沌の重唱が素晴らしい。切り換えにあって場をアゲるのはいつも新国立の合唱団。そして、第三幕のヴィオレッタこそ、このプロダクションの見せ場。涙無くして見ていられない。終わってみれば中村恵理の独壇場。

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演出と舞台も称賛したい。舞台はとてもシンプル。それでいてバックの鏡面が奥行きと幅を与えてくれる。鏡面に開けられたドアからの退場というアイデアはなかなかの効果で、ステージに残るヴィオレッタの孤立を浮かび上がらせてくれたりする。大道具といえばグランドピアノが一台。それが、シャンパン・タワーのテーブルだったり賭け事のテーブルにもなるし、病床にもなる。最後の愁嘆場での薄幕も、恋人とその義父との距離が解消していく様を表して効果的。ちょっと残念なのは照明が暗いこと。もっとメリハリがあってよかったのではないか。

演出も、シンプルなものだが奇をてらった読み換えがない。とても劇の流れを忠実に追ったオーソドックスなもの。前奏曲が、ある種の回想劇であることを明示できたのも演出の効果なのだろう。とにかくステージが自由で広い。それだけに歌唱と演技が映える。オーケストラピットに張り出したエクステンションは、最後の中村恵理の演技のためのとっておきのものだったことが最後の最後でわかる。

返す返すも前半のちぐはぐさが残念。バランスの問題だから今後の公演で修正されていくかもしれない。中村の見事な歌唱と演技を目の当たりにすると、時間をかけてアンサンブルを練り上げた全キャスト日本人のプロダクションのほうが良いのではとさえ思う。新国立劇場もそろそろそういうことにチャレンジしてほしい。


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新国立劇場
ヴェルディ 「椿姫」
2024年5月16日 19:00
東京・初台 新国立劇場 オペラハウス
(1階12列13番)

【指 揮】フランチェスコ・ランツィロッタ
【演出・衣裳】ヴァンサン・ブサール
【美 術】ヴァンサン・ルメール
【照 明】グイド・レヴィ
【ムーヴメント・ディレクター】ヘルゲ・レトーニャ
【再演演出】澤田康子
【舞台監督】CIBITA 斉藤 美穂

【ヴィオレッタ】中村恵理
【アルフレード】リッカルド・デッラ・シュッカ
【ジェルモン】グスターボ・カスティーリョ
【フローラ】杉山由紀
【ガストン子爵】金山京介
【ドゥフォール男爵】成田博之
【ドビニー侯爵】近藤 圭
【医師グランヴィル】久保田真澄
【アンニーナ】谷口睦美
【ジュゼッペ】高嶋康晴
【使者】井出壮志朗
【フローラの召使】上野裕之
【合 唱】新国立劇場合唱団
【合唱指揮】三澤洋史
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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